仙台駅硫酸騒動:ペットボトルに硫酸で起こりうる危害可能性を化学の専門家が直接解説

9日、信じられない事故が仙台市のJR仙台駅で起こりました。新青森発東京行きの東北新幹線はやぶさ号の車内で、ある乗客が持ち込んだ液体の何らかの化学物質が漏洩し、その漏洩物に触れたこどもを含む他の乗客と本人が化学火傷を負ったというのです。その後、捜査の過程で、この液体の化学物質は、新青森駅から乗車した地質調査会社の社員が業務目的で所持していた硫酸であることがわかり、その硫酸はペットボトルに入れられて、かばんに入れて持ち運んでいたということです。このことを知った我々化学の専門家は、「化学の専門家の行為としてはあり得ない」と、あまりの不用意さに呆れています。少なくともいえることは、この地質調査会社の社員は、化学の専門家ではなく、それゆえに、硫酸の化学について十分に心得ておらず、硫酸をただ単に業務で使用する一資材に過ぎないという認識しか持っていなかったのではないか、ということです。

では、ペットボトルに硫酸を入れることがなぜあり得ないのでしょうか。どのような化学的可能性が考えられるでしょうか。以下に解説していきます。

【可能性1】ポリエチレンテレフタレートの加水分解による劣化(内容物が少しでも水を含む硫酸の場合)

これは、空中の湿気を含めた水分の影響を受けたり、内容物が、濃硫酸に少しでも水が含まれた状態の硫酸である場合に起こりうる現象です、ペットボトルのポリエチレンテレフタレートは、テレフタル酸とエチレングリコールが真っ直ぐにエステル結合した高分子ですが、そのエステル結合の一部が、大過剰量の硫酸触媒存在下において、水による加水分解を受け、加水分解に関わった分子の分子量は、加水分解反応を起こした分だけ小さくなります。一般的に高分子は、分子量が大きいほど、粘り強く頑丈であり、溶液の粘度としては、わずかな濃度でも大きくなります。逆に分子量が小さいほど脆くなり、溶液の粘度としては、高い濃度でも低くなります。(この法則性を示す式を、マーク-ホーウィンク-桜田の式といいます。)硫酸と共存する水との作用により加水分解を受けた部分から徐々に脆くなり、割れが生じやすくなるわけですが、内容物が漏れるためには、ごく僅かな亀裂が生じるだけでも十分であり、明らかに目に見えて脆くはなっていないとしても、その僅かな亀裂から漏れる可能性は十分に考えられるわけです。

【可能性2】ポリエチレンテレフタレートのベンゼン環のスルホン化(内容物が濃硫酸の場合)

濃硫酸は、ベンゼン環に対してスルホン化反応を起こすことがあります。ベンゼン環がスルホン化された場合、スルホン化された物質は水溶性が高まる傾向があり、ポリエチレンテレフタレートがスルホン化された場合は、やはりスルホン化された部位から柔軟性が損なわれて、その部位から割れが生じる可能性が高くなるでしょう。汗などの外部の水分の作用で、さらに割れやすくなり、より漏洩しやすい状況を生じることになるでしょう。

記者が実験で確認したペットボトルが割れ液が漏洩するケース

硫酸の場合は、化学的予測の域を出ませんが、石けん技術者でもある記者は、アルカリ性でエタノールなどの有機溶剤を含有する高級脂肪酸塩の高濃度溶液をペットボトルに入れる実験を行ったことがあります。硫酸とは逆のアルカリの場合のケースですが、このような条件の場合、アルカリ性は強くても炭酸ナトリウム程度のアルカリ性のため、アルカリ加水分解(けん化反応)を起こすには明らかに不十分な状態です。それでも、長期保管をすることにより、亀裂が増え、少し押さえるだけでもパリッと割れが入るくらいになったのです。完全な化学反応を起こすには明らかに不十分であっても、亀裂を生じさせたり、部分的に劣化させるだけであれば、このようなマイルドな条件であっても起こりうるということが、このことからもわかります。逆の例で言い換えれば、ペットボトルの内容物が硫酸だと、酸性側で、酸加水分解反応を起こしても疑いの余地がないほどに、非常に過酷な条件ですので、いつ割れてもおかしくないともいえるでしょう。

安全に硫酸を運ぶための条件

濃硫酸や希硫酸は、有機物や多くの金属などに対して、激しい腐食性がある液体ですが、全く無作用の物質もあります。それは、ガラスやポリエチレン、ポリテトラフルオロエチレンなどの反応点を持ち得ないプラスチックです。硫酸の試薬瓶でわかるように、ガラス瓶に入れ、ポリオレフィン性のパッキング付きスクリューキャップで封止し、さらに、その継ぎ目をポリオレフィン製の自己融着性ストレッチフィルムで何重にも巻いておくと安全であり、このような保管方法が化学研究室では一般的になっています。ただ、誰しも知るところのガラスの最大の欠点は、衝撃によって破損しやすいことであり、条件によっては、輸送に適さない場合があります。ガラス破損による漏洩事故を回避するために、ポリテトラフルオロエチレンのような化学的不活性特性と耐衝撃・耐摩耗性を兼ね備えた高性能素材を使用する場合もあるほどです。

以上のことから考えると、化学的観点から察するかぎりでは、地質調査会社の社員に(業務上過失)傷害の容疑がかけられることになるでしょう。そもそも、硫酸の化学を心得ていない者や毒物劇物取扱責任者の資格を持たない者が、硫酸などの毒劇物を持ち歩くこと自体が危険極まりない行為であるといえます。今後の捜査の進展に注目しましょう。

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