【独自レビュー】緊急普及が望まれる鳥インフルエンザ治療薬バロキサビルマルボキシルとは

昨日、ヒトのインフルエンザ治療薬として使用されているバロキサビルマルボキシル(ゾフルーザ)が、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)に感染した鶏の治療にも有効であるという、北海道大学での研究報告を紹介しました。この記事では、HPAIパンデミックや、新型コロナウイルス禍を超える脅威として懸念されるAI変異型ヒト病原性新型インフルエンザパンデミックを食い止めることが期待される鳥インフルエンザ治療薬バロキサビルマルボキシル(家禽用ゾフルーザ)についてクローズアップします。

バロキサビルマルボキシル(家禽用ゾフルーザ)について

バロキサビルマルボキシル(商品名:ゾフルーザ)は、塩野義製薬(大阪市)が開発した、従来型の抗インフルエンザウイルス薬(ノイラミニダーゼ阻害薬)とは異なった作用機構を持つ抗インフルエンザウイルス薬(5’キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬)です。

インフルエンザウイルスは、宿主の体内に入るだけでは感染しません。インフルエンザウイルスが宿主に感染し、増殖するためには、宿主のメッセンジャーRNA(mRNA)の5’末端にトリポリリン酸結合を介して結合している5’キャップ構造という部位を宿主から特定の酵素(5’キャップ依存性エンドヌクレアーゼ)の作用によって奪い取り、ウイルス自身のmRNAに結合させる過程が必要になります。その5’キャップ構造というのは、mRNAがいわば「輪転機の版」となるための「信号的要素」として必要なものであり、それがないと、版として認識されず、その「印刷物」に相当するDNAの複製は行われないというものです。ということは、5’キャップ構造を宿主のmRNAから奪い取るために必要な酵素である5’キャップ依存性エンドヌクレアーゼの酵素活性を阻害すれば、宿主体内でのインフルエンザウイルスの増殖ができなくなるということになります。これが、バロキサビルマルボキシルに特有の抗インフルエンザウイルス作用の機構になります。このウイルス増殖の根源をブロックする作用機構のため、1回のみの投与で効くとされています。一方、オセルタミビル(商品名:タミフル)などの従来型の抗インフルエンザ薬というのは、ウイルスがもつノイラミニダーゼを阻害し、増殖ウイルスの細胞外放出を抑えることで、さらなるウイルスの増殖を食い止めるもので、継続投与が必要とされてきました。家禽用ゾフルーザというのも、有効成分はヒト用と同じバロキサビルマルボキシルであり、今後の実現と実用化が期待されます。

バロキサビルマルボキシル(左;プロドラッグ)とバロキサビル(右;活性体)

ケージ養鶏禁止の強力な推進力として期待

昨日の報道記事の「養鶏場の多数の鶏に投与するのは、コストの関係から難しい」というのを読んで、がっかりさせられたという方もあろうかと思います。でも、よく考えてみてください。養鶏場の多数の鶏というのは、採卵鶏のバタリーケージ飼いや肉用鶏の超過密飼いのことを想定しているのであり、このような飼育法ありきだということです。すなわち、薬物治療ができないような飼い方そのものが問題なのであって、このような飼育方法の禁止と有事の際の薬物治療が可能な飼育法の普及を実現するうえでの強力な推進力となりうるということになります。このことに関して、銀鮒の里学校は本日、農林水産省と厚生労働省に政策提言を行いました。

実際の投与について

では、実際に家禽用ゾフルーザが実現し、実用化されたとして、1,000羽級の飼養規模の平飼い養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生した場合、どのような治療が想定されるでしょうか。

まず、鶏冠の色が悪い鶏や、元気がない鶏が見つかった場合、家畜保健衛生所(獣医師)の指導に基づき、隔離鶏舎に隔離されます。感染が疑われる鶏の行動範囲は、活性ヨウ素剤やエタノールなどの環境安全性の高い消毒薬で消毒されます。他の健康な鶏は、獣医師等の指示の下で経過観察されます。次に、隔離鶏舎にいる患畜にバロキサビルマルボキシルが投与されます。原則として1回投与で、その後は経過観察となります。万が一、隔離されない鶏に時間差で感染個体が現れるような場合は、獣医等の判断によって、全羽に投与される場合もあります。それでも、1,000羽程度の規模であれば、現実的には治療の可能性が十分にあるといえます。仮に、国が治療薬の全額を負担する場合であっても、県職員を大量動員し、場合によっては自衛隊に災害派遣要請までして行われる、ケージ養鶏場の全羽殺処分にかかる費用と比べれば、大幅に抑えられるはずです。

化学物質リスクコミュニケーション

バロキサビルマルボキシルは、マルボキシル基の加水分解時に有毒なメタノールとホルムアルデヒドを生成します。また、難分解性の芳香環に結合したフッ素を有します。このことから、一般的にいえば、高リスクの化学物質であるといえます。また、ヒトへの投与時に、この物質が原因とされるアナフィラキシー・ショックの例が複数報告されていることも、高リスクと判断する理由となります。しかしながら、鳥インフルエンザウイルスに感染するリスクは、バロキサビルマルボキシルの実際の投与(有効成分としてごく微量)によるリスクをはるかに超えるものであり、また、これまで行われてきた全数殺処分を免れることができる有用性の大きさから、バロキサビルマルボキシルの化学物質リスクは十分に無視できる程度であると評価されます。したがって、バロキサビルマルボキシルの有事の際の対症療法としての投与は十分に妥当性があるものと評価されます。但し、予防的な投与は、化学物質の毒性によるリスク以上に、耐性ウイルス出現のリスクを伴うため、投与の判断は慎重に行われるべきです。

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