洋式改修ブームに流されていませんか?
「小学校や公園の和式トイレは昭和悪だ」「小学生がうんちをがまんするのは、和式トイレのせい」
和式トイレこそ悪だ、そういう論調が大勢を占めています。しかし、ふなあんはあえて懐疑の念をもって問いたいと思います。ほんとうにそうなのでしょうか。筆者が実際に、わんぱくっ子に返ったつもりで、公園のトイレにすわって、うんちを力んで、おしりで考えてみたことをお話したいと思います。小学生でもわかるくらいに、ここはできるだけ緩くお話したいと思いますので、どうぞお手柔らかにお付き合いください。
おてんばわんぱくトイレとは
こどもが「洋式でないといけない」というのは違います。こどもは経験途上なので、大人ほどいろいろなことを経験していません。だから、大人がなんらかの風向きで「洋式でないとダメ!」といえば、こどもたちは、とくに気づきがないかぎり、「洋式でないとダメ!」という考え方に流されてしまうのです。モノや情報にあふれ、あることがあたりまえの時代の盲点なのです。
では逆に、モノや情報がないことがあたりまえの昭和までの時代はどうだったでしょうか。昭和を生きたことがない世代も大人になっている時代ですから、ウソかと思うのも無理はないかもしれませんが、昭和の頃のこどもは、よく、他人のうんちが丸見えの「ぼっとんトイレ」でうんちをしていましたし、それすらなければ、草むらに野うんちをしたりしていたのです。ぼっとんトイレの他人のうんちの元気な香りはいい思い出ですし、イヤなことといえば、「誤って穴に落ちてしまわないか」「うじ殺しのきつい薬品臭」くらいでした。昭和の頃は、今日のように腸内細菌に関するポジティブな知見がほとんどなかったため、仕方なく捨てるものだとか、他人のうんちがみえるのは仕方がないという感情を持っていたのです。
私が小学生の時代、小学校のトイレはすべて和式でした。ブース内にただポツンと和式便器があるだけのトイレでした。そして、毎日のように、自分より学年が小さい誰かが太いうんちを残していっていました。「授業に間に合わないから」「流す音がするとバレてからかわれるから」「うっかり」「うんちが元気すぎて流れない」「うんちを自慢したい」、理由は人それぞれでしょうが、私は、「この子も元気なんだな」と、他人のうんちにはほっこりとさせられたものです。健康的な給食を食べているこどもたちですから、全く臭くなく、ヨーグルトや古漬けのような爽やかな香り、つやつやで腸が活発なことを示す縮緬しわもしっかりあり、清らかで美しくさえありました。がっしりとねばり強い、みごとなバナナやふかし芋のようです。
このように、昭和の頃のこどもたちは、私を含めて、和式トイレでうんちをしていました。私は、腸が元気いっぱいでしたから、朝にお家で、給食を食べた後に学校でも毎日うんちをしていました。当然、うんちをしているときにからかわれたこともあります。しかし、私は平気でした。出るものは出るわけですし、生きていれば当然のことだからです。そして、うんちをはみ出す子もいましたが、1年生でもよく和式でうんちをしていました。「和式トイレの小学校が心配」という現代っ子とは大きな違いですね。
大人のいま、公園のトイレ(男子用か男女共用)でうんちを力んでいるときに、近くにあるステンレス製の力み棒を思いっきり握っていたのです。
「これだ!」と、私は童心に返って思いました。
おしりに力を入れるとき、思わず何かを握りしめていた、そういう経験は誰しもあるのではないでしょうか。小学校のトイレには力み棒はありませんでしたが、うんちをするときは、トイレの水が流れるパイプかドアのノブか、何かを握っていたかと思います。
そうです。わざわざ多額の費用をかけて洋式トイレに改修しなくても、握り心地のよい力み棒があれば、快便ができるのです。しかも、他人も同じように力み棒をにぎって快便しているのかと思えば、清らかでばばっちい菌を共有できて、なんだかうれしくなります。
ステンレス製の力み棒があるだけでもうれしいですが、うんちをはずしてしまわないか心配なこどものことを思えば、より適切な設置位置というものもあります。和式であれば、握ることで必ず肛門の位置が和式便器の中心部より少し前にくるような位置が最良の位置だと思います。たいていの場合は、和式便器の金隠しの少し前の前壁面に、長さ30cm前後(長めが望ましい)のステンレス製(光沢仕上げ)のものがあるのが、和式の場合はよいと思います。そのようなトイレが、一部の公園では実際に設置されていますが、設置されている公園がまだまだ限られていたり、有効に活用されていないことが多いようで、残念に思いました。
多くのこどもたちが愛してやまない洋式トイレでも、ステンレスの力み棒は非常に有用ですし、もはや必須だと思います。実際に私が公園の洋式のトイレで力んでいるときも、力み棒があるほうが、より気持ちよくうんちができますし、力まなくてもよいくらいの強い便意のときでも、力み棒があれば、思わず握りしめていますので、やはり重要なものなのです。洋式トイレの場合は、車いす利用のことを想定していることもあり、横両側に十分な長さで設置されていることが多く、それでもよいですが、人間工学の観点から、さらに望ましくは、前側に長いコの字型の力み棒がついていれば、なお望ましいと思いました。なぜなら、前面コの字型の力み棒にすることで、直腸が真っ直ぐになり排便しやすくなる前傾姿勢になるからです。このような力み棒を公園や学校などのトイレに取り付け、便育活動を組み合わせて行うことだけでも、便秘で悩む人が減り、うんちに前向きになる人が増えるのではないかと思います。こどもの便育を意識したものですから、垂直方向の位置は、幼稚園児や小学生でも握りやすい位置にします。壁面に4点以上でしっかりとネジ留めしておくと、大人が力いっぱい握ってもびくともしない頼もしい強度になります。洋式のトイレの場合、前側がちょうどブース扉になりますから、扉の取っ手を兼ねることにもなり、合理的です。太さは、同じくこどもが力いっぱい握りしめて使う想定の遊具の鉄棒と同じくらいの太さが目安になるでしょう。
和式から洋式改修には多額の費用や時間がかかりますが、力み棒と便育のセットなら、さほど費用はかかりませんし、市民ワークショップ程度でもできる簡単な工事で即日設置も可能で、非常に現実的なトイレ環境改善になると思います。すでに洋式になっている場合でも、ブース扉に力み棒を取り付けるだけで、排便しやすく便秘予防にもなる、より魅力的なトイレになります。市民の健康増進のためにも、ぜひ、多くの自治体(公園など)や学校で実践していただきたいと、切に願っています。
前に、小学校の洋式トイレ改修の懐疑論について述べました。こどもたちがほんとうに求めているのは、必ずしも新しい洋式トイレではないのです。一方で、自治体(公園管理者)や学校の立場からしても、公共トイレの改修はそう簡単なものではなく、安上がりで手軽にできる方法をお探しではないかと思います。しかし現状では、公共トイレの改修には多額の費用や時間がかかると思い込んでいるため、市民に利用されないまま放置された結果、最悪の場合は、心ない者に荒らされたりなどもして、公共トイレに対してネガティブな市民感情をもたれてしまうことを、仕方がないことだと諦めている自治体や学校も多いのではないかと思います。公共トイレは、その地域の治安を反映しているともいわれます。さらにいえば、たとえ小さなトイレであっても、快適に利用できるような工夫が凝らされた公共トイレがある公園は、わざわざ遠くから足を運んででも利用したいと思ったりするものです。用を足すことが誰でも当然の生理的行為であるかぎり、その地域の魅力向上を最短で実現するための着眼点が公共トイレだといっても過言ではありません。とくにこどもの感性は繊細でいて、遊びごころ(おてんばさ・わんぱくさ)にも満ちています。むしろ重要なのは、後者のほうです。繊細ということにこだわるよりも、いかにおてんばに、いかにわんぱくになれるかのほうが重要なのです。実際にこどもの行動をみて、想像以上にばばっちくて心配になった経験はありませんか。しかし、大人が心配するほどのことはありません。ほとんどの場合、こどもの思うがままに、ばばっちくさせても、心配することはないのです。おしっこだけのこどもの多くは、手を洗わずにトイレを出ますし、昭和のこどもの野うんちのように、うんちをしても、元気なうんちであるかぎり、手洗いを強制するほどの重要性はありません。(もちろん、消化器疾患や感染症がある場合は、別の話です。)現代のこどもたちには、力み棒を握って、手の脂だらけにしたり、便座にすわって垢だらけにしたりして、自分が使った証を残したり、他人の元気な菌をもらったりして、みんなできもちよく、清くばばっちく使える、おてんば心やわんぱく心を満たすトイレを求めているはずです。このような、和式でも洋式でも、力み棒がついていて、誰でも快便ができる童心を満たすトイレを、おてんばわんぱくトイレと呼んでいます。洋式改修一辺倒の重荷感でいつまでも放置ではなく、現実的にも実現しやすいおてんばわんぱくトイレを増やしていただきたいと願っています。
加えて、脱いだパンツやズボンを置く場所に困ることも、和式トイレの使用を躊躇する理由になりえますので、30cm四方程度の無垢木の板でも、さらには、100円ショップでも手に入る、折りたたみ式整理棚や脱衣かごでもよいので、和式の場合は、脱衣スペースを確保することも重要です。雨などで濡れて使えなくなることを防ぐために、地面ではなく、少し浮かせた位置に設置するのがよいと思います。
多くの人が気づかない、男女共用トイレの意外な重要性
現実的には、公共トイレで男女共用トイレが設置されている理由の多くは、多くのトイレを設置する場所や費用がない物理的制約によるものだと思われます。小さい公園のトイレでは、大便対応のトイレが1基だけという場合も多いです。このようなトイレは、良好な状態に保たれていることが多いです。トイレ自体が少ないことで、管理が行き届きやすいことも大きいと思われますが、性別トイレ(とくに男子用)によくある荒らしが少ない傾向にあります。
よく、男女共用トイレに対する否定的意見としては、覗き見などの心ない人に関してのセキュリティ面が否定の理由にされることが多いですが、1ブースのみで、隙間のない、施錠で完全閉鎖ができる設計にすれば解決できることです。小さい公園であれば、それで十分な場合が多く、余計に多くはないため、前述のような管理が行き届きやすく、結果として清潔に保ちやすいというメリットも無視できません。さらに、ステンレスの力み棒がなければ、ドア扉や壁面などの前側に両手で握る2本と脱衣台を取り付ければ、魅力的な男女共用トイレになります。
(全てではありませんが、)男女共用トイレで比較的荒らしが少ない理由としては、女性も頻繁に利用することで、気遣いが生まれやすいということが考えられます。男女別トイレの場合、男子トイレのみ(とくに大便対応ブース)が荒らされている場合が多く、このことで、男性が大便ブースを利用できなかったり、そのことを理由にして、女性用のブースを利用することにより、トラブルが起こることも考えられます。しかし、はじめから男女共用にしたり、男女共用でも女性の使用希望者が多い場合は女性優先を促すなどの緩い運用にすることで、このような問題が解決できると考えられます。実際に、清潔な男女共用トイレは、男女ともにとくに違和感もなく、気持ちよく利用できている場合が多く、筆者の体験でも、ごく自然に、前に使っていた女性の使用者とにこにこしながら会釈を交わすことが多いです。あまり難しく考えず、前向きに、現実に即したかたちで、使いやすく管理もしやすい、ほっこりする男女共用トイレを増やすことを考えていただきたいと思います。
教育(便育)も不可欠
トイレの利用に関しての価値観は、昔から変わらない部分も多分にあれば、時代の進歩に応じて少しずつバージョンアップしていくことも重要です。前者は、うんちそのものに対するおおらかな見方で、後者は、うんちを構成する腸内細菌(とくに善玉菌)に関しての新しい知見やジェンダー平等(SDGs5)、人間工学的な考え方などがあります。日本の現状にあっては、SDGs6の「きれいなトイレをみんなに」というよりもむしろ、SDGs3の、快便推進による健康増進に力をいれたほうが、結果的にもSDGs6の達成にもつながってきます。
便育には、公共トイレの整備といったハード面も重要ですが、これと同時に、適切な便育といったソフト面をセットで実践することが欠かせません。いま小学生のこどもでも、10年もしないうちに、自立した大人になります。幼稚園児や小学校児童を対象にした便育は非常に重要ですし、中学校生徒には、女子の便秘予防や男子のIBS予防も視野に入れた、大人への移行期の自己管理を促す便育が重要になります。十分な便育の機会が得られなかった現代の大人に対する啓蒙・啓発も重要になります。いまの公共トイレの現状は、10年くらい前の便育の結果を反映しているともいえますが、まだまだ改善の余地が多くあります。公共トイレでのうんちを躊躇する大人が多い現状にあることを真摯にうけとめたうえで、誰でもうんちをしたくなるような公共トイレに改善するために、できることから始めることが必要であると思います。
あなたもぜひ、小学生くらいのこどもの気持ちになって公共トイレにすわり、力み棒をしっかり握って、思いっきり太いうんちをしながら考えてみてください。
こどもが遊びごころを持ちながら、ほんとうに気持ちよくうんちができるトイレや便育をまじめに考えたいという活動仲間を募っています。詳しくは、上部メニューからアクセスできるお問い合わせフォームからお問い合わせください。
コメント