能勢・ぎんぶなのうえん技報:温帯性シンニンギアSinningia tubifloraの栽培技術の最新知見2024

農学・農芸化学
能勢・ぎんぶなのうえんで咲いているSinningia tubifloraの花

能勢・ぎんぶなのうえんでは、イワタバコ科シンニンギア属植物の栽培検証研究を進めるとともに、新しい花卉園芸資源の開拓に挑戦し続けています。シンニンギア属は、イワタバコ科の主要属のひとつであり、世界的にはイワタバコ科専門の栽培家団体ができるきっかけになるほど人気がある植物グループですが、日本国内では、手頃な鉢物として時折出回るスペシオサ系ハイブリッドと、「断崖の女王」や「ブラジリアン・エーデルワイス」の愛称で知られるレウコトリカ種を除いては、まだまだ馴染みが薄く、珍種植物と認識されているようです。研究の過程では失敗も多いですが、着実に新しい知見も得られつつあり、手応えも感じています。そこで、シンニンギアやイワタバコ科植物、山野草を愛する皆様に、昨年までに得られた最新知見を、種別にご紹介します。

Sinningia tubifloraの最新栽培技術

耐寒性も繁殖力もシンニンギアNo.1?

Sinningia tubiflora(シンニンギア・ツビフローラ)は、耐寒性世界最強のシンニンギアとして有名です。分布域はブラジル南部からパラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン北部にかけての温帯地域で、シンニンギア属中では最も高緯度となるため、耐寒性は現在知られているシンニンギア属原種中で最強であり、一時的であれば、氷点下に達しても耐えるともいわれています。海外では−15℃まで冷え込んでも越冬したとの報告もあるくらいです。花は梅雨の6月後半から7月前半頃にかけて、沈丁花に似た非常に強い芳香を漂わせる白花を咲かせます。

少なくとも1年以上、それも、最良の状態で肥培管理してみないとわからないことがあります。それは、ツビフローラには、多くの繁殖モードがあるということです。現在のところ、以下の繁殖方法が利用できることを確認しています。

  • 実生
  • 挿し芽
  • 分球

実生は、多くのシンニンギアで定番といえる繁殖方法で、実生が唯一の繁殖方法のシンニンギアも少なくありません。ツビフローラもシンニンギアの中では容易なほうで、採り蒔きの場合、最短で1週間程度で、しかも、高い発芽率で発芽します。一度に大量に繁殖することのできる、量産のロマンもある繁殖方法ですが、非常に小さな苗で、幼苗の育苗には高い技術力と丁寧で粘り強い作業が必要となります。開花までには、3年かそれ以上の期間を要するといわれます。レウコトリカやインスラリス、ポリアンサのような単節・寡節型の品種では、出芽数も限定され、その芽の温存は親株のエネルギー蓄積のためにきわめて重要ですので、挿し芽を試すことは不確実です。しかも、活動中の数少ない芽の分離は、親株に与える負担が大きく、翌年にエネルギー蓄積不足で枯死の可能性もあり、非常にリスクが高いといえます。そのため、向いていません。

挿し芽は容易に発根し、活着もしやすいです。挿し芽の当年は発根・初期生育で小塊茎を形成、翌年は小塊茎が開花株同等サイズまで肥大します。挿し芽の翌々年で開花見込みです。塊茎からの出芽数も多く、しかも、分枝性まであるため、挿し穂を採取することで親株に与える負担は軽微です。ツビフローラ以外の品種では、同様に多節型のS. conspicuaS. aggregataでも挿し芽が可能であることを確認しており、熱帯性品種に多い木立ち性(多節型)の品種では、ほとんどの品種で可能といわれています。

分球は意外な発見でした。スリット鉢の底のスリット部から芽が出てきて、よく見てみると、スリット部から塊茎が露出しようとしているのを確認したのです。このような繁殖モードは、サギソウなどでよく知られていますが、シンニンギアでこのような生態を持つ種があるとは驚きです。あまり多くはありませんが、いくつかの品種は、分球で繁殖する品種があるようです。地下茎で結ばれた塊茎を分離し、別の鉢に植え付けて繁殖します。

植え付け方法

Sinningia tubifloraはやや歪な形の不定形の半つやのある塊茎を形成し、その表面に多くのクラウン(芽冠)を形成します。ツビフローラの植え付けは、ソメイヨシノが散り始める頃から八重桜が咲き始める頃、実際の株の状態では、まだ葉が展開していない、出芽の兆しが見え始める頃が適期です。本種はできる限り塊茎の底部はしっかりと埋まるようにして多くの発根点を確保しつつ、塊茎頂部のクラウンを出して(土をかけずに)植えます。塊茎の形状の関係上、どうしてもやむを得ない場合は、塊茎の頂部以外に形成された一部のクラウンが土に埋まっても支障はありませんが、その場合でも、塊茎頂部のクラウンは、しっかりとむき出しになるようにして植え付けます。その場合、植え付け後に根や地下茎(ランナー)の一部がむき出しになってしまっても問題はありません。

用土

ピートモスを主体とし、適度の礫質を含んだ、柔軟性と保水性・通気性のバランスがとれた培養土が適しています。能勢・ぎんぶなのうえんで開発したプロ培養土は、多くの花卉の初期育苗だけではなく、シンニンギアの育成にも最適となるように設計されていますので、これを使うのが最良です。本種を含めて、シンニンギアは比較的多くの肥料を要求しますので、用土には必ずようりんなどの塩基型く溶性肥料の元肥が十分な量で含まれているようにします。(プロ培養土には、すでに塩基型く溶性元肥が十分に含まれていますので、植えるだけで元肥の施肥ができます。)

肥料

植え付け(植え替え)の際に塩基型く溶性肥料の施肥を行うとともに、4月から10月までの間、液肥の追肥を行います。出芽(4月上旬頃から5月中旬頃まで)は硫安と硫酸加里のNK液肥の追肥を、花芽が確認され始める5月中旬から開花・結実終了(梅雨明け頃)までは、硫安と第一リン酸加里のNPK液肥の追肥を、梅雨明けから10月までは、春と同じNK液肥で春の半分くらいの濃度での施肥を行います。いずれも週に1〜2回、水やりに代えるかたちで与えます。開花サイズに達していない苗の育苗には、通期でNK液肥を与えます。白粒肥料などの他の追肥を与えると、過剰施肥となり、生理障害の原因となりますので、追肥は液肥だけにとどめます。

Sinningia tubifloraの施肥は、出芽から花芽が確認されるまでの約1ヶ月間の集中施肥が当年の栽培の成否を決めるだけではなく、翌年の初期生育にも影響する可能性があるくらい重要です。能勢・ぎんぶなのうえんでの、量産に向けた栽培試験でも、硫安500倍・硫酸加里1,000倍程度の短期集中濃厚施肥が奏功したことを確認しました。濃度は非常に高いですが、白粒肥料のような他の追肥を与えていなければ、濃度障害の心配はないことを確認していますので、出芽からの1ヶ月程度は、とくに注意深く肥培管理に努めてください。花芽を確認しましたら、生育に勢いがついた状態で安定していますので、リン酸を含むNPK液肥に替え、希釈倍率も上げ(濃度を下げ)ます。(とくに窒素過多は開花を妨げたり、株の水太り(ボケ)の原因となりますので、窒素はリン酸や加里に比べて控えめになるように切り替えます。)

【注意】
この施肥方法は、白粒肥料(追肥用の置き肥)を使用しないことを前提に開発したものです。追加で白粒肥料などを使用しますと、施肥過剰に起因するさまざまな障害が発生する原因となりますので、他の肥料、とくに白粒肥料は絶対に施肥しないでください。

●NK液肥(N:P:K = 2.1:0:2.5)の作り方
硫安(NH4-N:21%)100gと硫酸加里(K2O:50%;粉末)50gを1L密栓容器に入れ、水を内容量全量が1kgになるまで加え、硫安が完全に溶けきるまでよく溶かします。

速効性のアンモニア性窒素と水溶性加里がほぼ同等のバランスになるようにすることで、堅牢な植物体の形成を速やかに行うことに最重点を置いた追肥です。リン酸は元肥のようりんで補給されますので、不足の心配はありません。元肥のく溶性加里の消費が緩やかになりますので、元肥(加里成分)の肥効延長の効果も期待できます。

希釈倍率:春季50倍(水10Lに200g)、開花結実後から秋季100倍(水10Lに100g)

●NPK液肥(N:P:K = 3.5:8.5:5.8)の作り方
硫安100gと第一リン酸加里(リン酸二水素カリウム)100gを1L密栓容器に入れ、水で内容量全量が600gになるまで加え、必要に応じて湯煎をしながら、完全に溶けきるまでよく溶かします。

窒素控えめで水溶性リン酸を強化していますので、葉や茎の生育を同時進行しつつ、花芽の生育や結実を速やかに促進する必要があるような生育ステージでの施肥を想定しています。液肥でリン酸と加里を施肥した分だけ、元肥のようりんやく溶性加里の消費が緩やかになり、元肥(リン酸成分・加里成分)の肥効延長の効果も期待できます。

希釈倍率:500倍(水10Lに20g)

管理環境(光線・湿度・通気・温度等)

休眠期を除いたすべての時期で、直射日光が一日中当たる場所が理想的です。夏季の酷暑や強光線にも耐性があることを確認しており、夏季でも遮光はとくに必要ありません。

S. tubifloraは平原から低山の開けた草地に自生しているとみられ、通気性がよく、乾燥気味の場所を好み、蒸れを嫌います。とくに、春先の保温などでハウス内やトンネル内に置き、少しでも蒸らしてしまうと、一発で生理障害が起こり、致命傷になることもあるほどです。夏の開花後、芽が多数出て蒸れそうなときは、ウイルス対策を行った芽切り鋏で枝透かしをします。

S. tubifloraは完全な温帯性で霜にあったり凍結させないかぎり越冬し、しかも、酷暑・強光線耐性もあるため、日本国内での栽培管理がしやすく、夏は屋外の直射日光が十分に当たる場所、冬は軒下(温暖地の場合)や0℃以上の室内に取り込み、鉢のままで完全休眠させます。地上部は、自然に枯れ上がるまで温存し、原則として切り戻しはしません。休眠中は完全に水を切り、潅水はしません。日光に当てる必要もありません。

●最低耐寒温度:-2℃以下(瞬間推定値)〜0℃
●最高耐暑温度:40℃以上(瞬間推定値;参考:昨年、最高温度39℃を記録した豊中でも完全無傷での越夏を確認)

植え替え

S. tubifloraは、とくに地下部の生育がきわめて旺盛で、しばしば分球も伴いますので、毎年植え替えます。(毎年植え替えない場合、根詰まりと元肥切れのため、植え替えなかった年の生育が芳しくないことがあります。)植え替えの適期はソメイヨシノが散り始める頃から八重桜が咲き始める頃で、実質的には、宿根草の株立ちの植え替えというよりも、塊茎一つひとつにばらしての植え付けになります。前述の植え付けの要領で植え替えを行います。鉢の大きさは、未開花サイズの苗で2号〜4号の中深(標準深)ポット、開花株では、4〜5号鉢であれば中深鉢、6号サイズ以上の大株の場合は、直径にややゆとりがある浅鉢のほうが管理がしやすくなります。(注意:地下茎で非常に勢いよく分球するため、6号以上の深鉢に植えてしまうと、植え替えが非常にしづらくなったり、鉢底からのぞいた塊茎からいきなり出芽するなど、大変なことになります。)

繁殖

開花後の枝透かしで出た2節以上ある枝を有効活用し、挿し芽で繁殖できます。必要に応じて挿し穂のトリミングを行い、プロ培養土に挿し芽をすると、条件が良ければ2〜3週間程度で発根し、新しい苗ができます。

分球だけでもかなり繁殖します。シンニンギアの分球というと、塊茎切断のような荒療治的な作業ではないかと思うかもしれませんが、このツビフローラの場合は、春の植替えの際に、細い地下茎(ランナー)の先についた塊茎が自然にポロッととれるくらいに簡単に、親株への負担もなく分球ができます。ソメイヨシノが散り始め、八重桜が咲き始める4月上旬から中旬頃を目安に、地下茎と新しい塊茎とを切り離し、切り口が十分に乾燥してから、先述の植え付け方法の要領で植え付けると、十分なサイズの塊茎の場合は、植え付け後約2ヶ月半程度で開花します。

挿し芽や分球での繁殖性が非常によいため、他の原種シンニンギアと比べれば意義は薄いかもしれませんが、播種での発芽性も優れています。結実性がよく、自然に受粉して結実することもありますが、人工受粉をすると確実です。他の花の花粉を柱頭にこすりつけて人工受粉をすると、約1ヶ月後に採種できます。この種子を、プロ培養土の上をバーミキュライト細粒で覆った微細種子用蒔き床(セルトレイ)に採り蒔きし、乾かさないよう、腰水管理をすると、最短で1週間足らずで発芽します。(1ヶ月程度で発芽が揃います。)

⚠重要:無理な切り取りは厳禁!致命的なことも!

シンニンギアの栽培法の古い文献では、「花が終わった葉は付け根で切り取るように」と説明されている場合がありますが、これはシンニンギアにとって非常に危険な栽培管理であることが、最近になってわかっています。能勢・ぎんぶなのうえんでは、シンニンギアの葉芽は、できるかぎり長く温存するように努め、安易に切らないことを、シンニンギア栽培の新常識にする運動を進めていくことにしています。

実際に、このような悲しい失敗事例があります。9月頃、アグレガータの長く伸びた茎が付け根で折れ、地上部が早くも枯れ上がってしまいました。シンニンギアにとっては、あまりにも早すぎる地上部喪失です。(長いものでは、冬でも常緑状態で温存されている場合もあります。)翌春、塊茎は張りがあり、出芽が期待されましたが、5月になっても出芽せず、そのままブヨブヨに。還らぬシンニンギアになってしまったのです。枯死原因は、前年のエネルギー蓄積不足です。花が終わり、葉が汚らしくなったからといって、安易に切るのは、このように命取りになることもある危険な行為です。秋の生長シーズン末期になると、葉が汚らしくなることもありますが、当年の葉芽には、翌春の出芽に備えて、光合成でエネルギーを蓄積する、非常に重要な役割があります。秋早めに葉が自然に枯れるのは仕方がないこともありますが、株の不調が原因でなることもあります。(その場合、翌春に出芽しないリスクも高くなります。)シンニンギアの栽培は、春の出芽から梅雨明けまでに、いかにしっかりと肥培管理するかが成否を分けます。その期間の肥培管理がよいと、12月ごろになってもなお、地上部に緑色の葉を保持している場合も少なくありません。12月に入り、休眠に入る場合でも、緑色の葉がある場合は無理に切ったりせず、自然に枯れ上がるのを待ちましょう。(冬の間から翌春までには枯れ上がりますが、翌春に力強い新芽が出ていれば問題はありません。)できるだけ長い間、緑色の葉を残すことを意識して栽培することが、シンニンギア栽培では最も大切なことであるといえます。

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