能勢・ぎんぶなのうえん技報(2023年8月27日)

能勢・ぎんぶなのうえん技報では、農芸化学を基盤とするリービッヒ哲学に基づく農業技術の開発につ特化した情報を提供し、プロの農業者や農業志願者との情報共有を図ります。これにより、日本のIPM技術の向上と農業・園芸文化のレベルアップを目指していきます。

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真正バレリアン(Valeriana officinalis)の量産化への挑戦

2年の試行錯誤を経て、ようやく真正バレリアン(Valeriana officinalis※1の量産化成功への道筋が見えてきました。真正バレリアンは、ヨーロッパを原産地とするスイカズラ科(うち、旧オミナエシ科)の宿根草です。和名はセイヨウカノコソウで、日本のカノコソウ(Valeriana fauriei)も同属です。西洋ハーブ医学における薬草として、最も古い歴史があるハーブのひとつで、修道院の庭園に必ず植えられるといわれるほど、ヨーロッパでは馴染みがあるハーブですが、その成分に関する化学的知見が詳細に明らかになってきたのは、最近のことです。炭素数5の脂肪酸が吉草酸(Valeric acid;吉草とは、カノコソウのこと)と呼ぶことからも察するとおり、Valeriana属は、化学史におけるとくに重要な属のひとつです。真正バレリアンは、地下部にバレポトリエイトやバルドリナールといわれるイリドイド類やバレレナール(プロペナール構造を持つセスキテルペン)などといった特有の化合物を生成することが知られており、さらに、地上部(葉)に生成するピリジンアルカロイドのアクチニジンは、昆虫(一部の甲虫類・ハチ類等)のフェロモンと一致することから、(含有成分のアクチニジンとして)特定の昆虫に対する(種特異的な)他感作用を及ぼす可能性があることも知られています。※2能勢・ぎんぶなのうえんは、この植物化学的特性が、発生時の対処が非常に厄介な土壌病虫害の予防や天敵昆虫・訪花昆虫といった益虫の誘引・活動促進などの作用が同時に働くことにより、イリドイドIPMの基幹植物「植える農薬」としての可能性を秘めているかもしれないと考えました。これまでにも、真正バレリアンは、土壌中の有益生物の代表であるミミズ類の活動を活発にしたり、他の農作物の生育をよくするといったコンパニオンプランツとしての効果があると考えられています。ドイツの民話「ハメルンの笛吹き男」で、笛吹き男がネズミの行動を思いのままに制御するのに使った不思議な草が、この真正バレリアンだったともいわれており、古くから神秘的な力を宿していたと考えられてきたようです。その特有の生理活性から、一部では「有毒植物」として区分されることがあるようですが、実際には、過剰摂取さえしなければ、食品(茶)として扱って差し支えない非有毒植物になります。コンパニオンプランツとしては、最強の部類に入ることになるでしょう。

【参考】能勢・ぎんぶなのうえんで咲く日本産のカノコソウ(Valeriana fauriei;吉草)。花も化学的特徴も洋種のバレリアンに似ているとされる。

中苗や成株は非常に強健で生育旺盛、冬季の寒冷にも夏季の暑熱にも耐性があり、昼夜の温度差が大きく、とくに冬に底冷えする能勢の気候にもよく適応する種であるといえますが、発芽や初期育苗はやや困難で、種子の休眠が深く、発芽まで3週間以上を要するうえ、発芽後の活着率も低く、2年間、試行錯誤を余儀なくされてきました。今春播種した種子(オランダ産)からの実生苗が3本確保でき、いずれも育苗ポットに根や地下茎が張り巡らされるほどに生育良好で、夏の間も、遮光下ではありますが、疲れる様子もなく、良好に生育を続けているほどです。この3株は、秋に露地に定植すると、順調にいけば、来春の開花が見込めます。

今秋の播種の準備も進行中です。今秋はイタリア産の種子を播種します。8月上旬から春化処理を始め、早いものでは発根が始まっています。春化処理は、一般的な家庭用冷蔵庫の温度(0〜10℃)で湿潤状態を保持しますが、発根状態の確認の際に起こる温度変化(上昇)を繰り返すことで、その温度上昇を種子は「春が来たと勘違い」し、ジベレリン誘導による休眠覚醒が促されると考えられています。真正バレリアンも他の旧オミナエシ科のオミナエシ(Patrinia scabiosifolia)も、春に直接播種しても、ほとんど発芽しません。(能勢のように昼夜の温度差が激しくてもです。)その一方で、スイカズラ科種子に対して、春化処理を念入りに行うと、ほとんどの種子が発根するようになり、発根した種子の一部が活着するといったような育苗特性になります。発根までの所要期間は、クナウティアで2週間前後、真正バレリアンでは最短で2〜3週間、オミナエシでは1ヶ月程度も要することがわかりました。発芽・初期育苗を比較的行いやすいキク科やナデシコ科の種子の場合は、同条件で1週間もしないうちに発根するものもあるくらいですから、スイカズラ科の種子の休眠がいかに深いかがおわかりいただけるかと思います。

写真をご覧ください。これは、8月上旬から春化処理を開始した真正バレリアンの種子です。一部で発根が始まっていますが、一部では黒かびや白かびが生えています。キャプタン処理を行えば確実に防げていたと考えられますが、あえて行っていません。とくに発芽に時間を要するスイカズラ科の種子の実生では、かびでダメにしてしまうリスクが高く、その点も、スイカズラ科の実生のハードルを高くする一因と考えられます。クナウティアやスカビオサなどでもいえることですが、農薬不使用でのスイカズラ科の実生がいかに気を遣う作業であるかがおわかりいただけるかと思います。

石灰岩地質のヨーロッパ原産ということもあり、真正バレリアンは石灰分の多い土壌を好み、アルカリ土類金属が抜けた酸性の土壌は好まないと考えられていることから、育苗培養土には必ず石灰質のアルカリ性資材を加えます。後述しますが、今秋は、ようりんに加えて珪酸加里の施用を試みる予定です。珪酸加里は、これまで使用してきた苦土石灰(約5〜10g/L)と併用するか、苦土石灰との置換(約5g/L)を予定しています。ようりんは従来どおり施用(約5g/L)します。

※1 単にバレリアンと呼ばれることが多いですが、よく、レッドバレリアン(Centranthus ruber)と混同されることがありますので、曖昧さ回避のため、真正バレリアンとしたうえで、その学名(Valeriana officinalis)を付記しています。レッドバレリアンは薬用としては用いられず、もっぱら花卉用として用いられます。

※2 参考資料:http://www.pherobase.com/database/compound/compounds-detail-actinidine.php

スイカズラ科植物育成に最適の育苗用土・新施肥体系の開発:ポイントはく溶性元肥+高CEC

これまでのスイカズラ科植物の初期育苗では、育苗用土の保肥力が不足し、施肥効率に改善の余地があることがわかりました。発芽後の初期生育(立ち上がり)が遅いことによる活着率の低下もみられ、初期育苗時にいかに施肥効率を高めるかが課題でした。

そこで、今秋には、花卉用育苗用土・施肥体系を抜本的に見直し、適度の通気・乾燥性を確保しながら、保肥力の最大化を実現する育苗技術の開発・検証を行います。

能勢・ぎんぶなのうえんで育成しているスイカズラ科植物は、とくに石灰分や苦土分を好むため、それらが常に潤沢に存在するような用土・施肥体系を組みます。移植への適応性はありますが、育苗時は、適度の乾燥性と柔軟性がある用土のほうが根に優しく、順調な生育が期待できることから、その点も意識します。

これまでの育苗元肥としては、ようりんと苦土石灰を施肥しておりましたが、この施肥体系では、カリウムを含まないため、カリウムは硫酸加里の追肥でこまめに与える必要がありました。硫酸塩系の肥料は、育苗用土のpHを下げるように作用することで、アルカリ化による障害を防ぐ働きがある反面、陽イオン性の肥料成分の流亡を促す作用もあり、とくに育苗時の肥料切れを招きやすい欠点もあります。これらの欠点を補いつつ、施肥の高効率化・省力化を図るため、育苗用土には、ゼオライトと腐植酸を配合し、元肥には、従来のく溶性リン酸肥料のようりん・苦土石灰に加えて、く溶性加里肥料の珪酸加里を加えます。加里肥料は水溶性のものが多いですが、珪酸加里は、そのままでは水に溶けず、根から分泌される有機酸の作用で溶解し、緩やかに吸収される、加里肥料としてはユニークなく溶性の肥料です。窒素肥料は、初期育苗では追肥としてのみ与え、幼苗が利用しやすいアンモニア性窒素の硫安を施肥する予定です。硫安のアンモニア性窒素は、ゼオライトや腐植酸の陽イオン交換(化学的吸着)作用により保持されることで、施肥効率を高めます。状況によって、尿素とも併用しますが、秋の場合、温度の低下で、土壌微生物の働きが鈍くなっていきますので、今秋は追肥の窒素肥料としては、硫安のみで育苗することになる可能性もあります。く溶性肥料の元肥は、長雨時や天候不良時の肥料切れ予防にとくに有効ですが、従来どおり、硫酸加里と硫酸マグネシウム(苦土)の追肥も行う予定です。

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