まじめなこどもの自由ってなんだろう

商業主義的な同調圧力に束縛されない自由

コンピューターゲーム、トレーディングカード、商業(映画)アニメ、柔軟剤、ジャンクフード…などなど。

もし、あなたのこどもがまじめで、クラスメイトにいじめられているとしたら、いじめてくるクラスメイトは、きっと、これらのものが大好きで、大好きなのが普通だと思っていて、そのことになじめない人を仲間はずれにしようとしているはずです。現代の凡人であれば、これらのような商業的なものに対して何の規制もなく認められている様を、自由だと思っているのではないかと、ヘンな鮒も思っています。しかし、私たちは、自他ともに認めるまじめです。凡人が自由だと思っていることを自由だと思うことを、集団生活では、実質的に強制されていると思い込んでいて、そのために窮屈な思いをしてはいませんか。これらの商業的なものは、私たちのようなまじめな人にとっては、束縛するものでしかないと思いませんか。

感覚的には、規制や禁止と聞けば、自由の対立的概念だと思うでしょう。しかし、ほんとうにそうでしょうか。これらの商業的なものが、わたしたちにとっての自由を奪っている原因なのだとしたら、私たちが自由になるためには、少なくとも私たちの生活圏から、これらの原因を規制・禁止することで除去してあげることが必要だと思いませんか。これは、大人の社会だって同じことがいえます。例えばタバコ。実際に意思表示をするかどうかはさておき、ほとんどの人は、他人のタバコが少しでも不快だと思うのではないでしょうか。近年では、禁煙の動きが進み、一見すれば、束縛が増えたかのようにもみえます。ところが、禁煙に対して異を唱える人はほとんどいません。そのうえ、非喫煙者を中心とした多くの人が、禁煙によって、より自由を感じています。喫煙者の自由だといわれることもあるタバコが、実は束縛の原因だったということがわかると思います。だから、集団生活に居苦しさを感じているのであれば、可能なかぎり、居苦しさを感じる原因となっている集団から離れること、そして、共通する意識や感覚を持っている、一緒にいて快く感じるような人が集い助け合うような新たなコミュニティをつくり、共有できるルール(規制・禁止事項)を定めて、そのコミュニティの自由を保障するしくみをつくることが大切なのです。一定のルールで、コミュニティなりの自由が最適に保障されているようなコミュニティ、それこそが、銀鮒の里学校が目指すコミュニティであり、オルタナティブ・スクールなのです。

銀鮒の里学校の付属教育農園、能勢・ぎんぶなのうえんでは、私たちが避けたい有害化学物質や低俗な商業主義文化から十分に隔絶され、私たちにとっての自由を最大限に実感できるような、これまでにありそうでなかったような農園づくりを目指しています。FMGの記事やウェブサイトを読んだだけでは伝わらないことも多くあると思います。変わった居場所ですので、前例や他の例などと比べたりして、「どうせよくある農園だろう」などと思い込むことは無意味で、望むように変える機会を逃すだけです。だまされたと思って、ぜひ一度、能勢・ぎんぶなのうえんを訪ねて、あなたなりに感じてください。感じ方は人それぞれですが、きっと、「こんなことができるんだ!」「ほんとうにできるなら、私も参画して、もっと発展させたい」と、驚きわくわくするはずです。

この記事に共感した!という方は、今すぐ銀鮒の里アカウントを取得して、「能勢・ぎんぶなのうえんに行きたい!」と、行きたい気持ちをお伝えください。あなたの気持ちを最大限に大切にしたいので、お伝えいただいた方に直接、能勢・ぎんぶなのうえんへの行き方や楽しみ方について、丁寧にご案内したいと思います。あなたの「行きたい!」の声を、ヘンな鮒は心よりお待ちしております。

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