がん研究に特化した世界保健機関の関連組織、国際がん研究機関IARC(= International Agency for Research on Cancer;フランス・リヨン)は1日、パーフルオロオクタン酸およびその塩(PFOA)の発がん性分類を、「ヒトに発がん性を示す可能性がある」グループ2Bから「ヒトに発がん性を示す」グループ1に、パーフルオロオクタンスルホン酸とその塩(PFOS)の発がん性分類を、「ヒトに対する発がん性について分類できない」グループ3から「ヒトに発がん性を示す可能性がある」2Bに、それぞれ格上げしました。化学の専門家にしかできない、PFASだけではない有機フッ素化合物(OFCs)の環境毒性学の真実の話について、すきま時間でサクッと読めるようにまとめましたので、ぜひ、最後までお読みください。
30年前はOFCsブームだった
「人工血液」というのをご存知でしょうか。パーフルオロデカリンという、デカリンの水素をすべてフッ素に置換した物質には、なぜか酸素を多く溶け込ませる性質があるうえ、それ自体の化学反応性がないといえるくらいの不活性物質としての性質が、「人工血液」としての特性に優れていると、当時の化学専門家は真剣に考えていました。逆に、「有機ハロゲン化合物だから、またDDTの失敗を繰り返すだけだろう。調子に乗るな!」なんて言っていたら、他の化学専門家から冷ややかな眼差しでみられるような…、30年前の化学界は、そんな風潮でした。当時、記者のオカヤマンヘンな鮒は大学学部化学科の学生でしたが、そのときから、炭素原子に塩素、臭素、フッ素が結合したような有機ハロゲン化合物には、「今後、そう遠くはないうちに、毒性などの問題点が浮上するはずだ」という強い懐疑を持っていました。そのため、化学科の指導教官に嘲笑されながら激論を交わしたこともしばしばでした。今からは信じられないと思うかもしれませんが、今から30年前の1990年代は、有機(多置換)フッ素化合物(OFCs)・フッ素化学ブーム全盛の時代だったのです。ちょうど同じ頃は、有機リン系殺虫剤が街路樹の害虫駆除や屋内施設のゴキブリ駆除などに何のためらいもなく使われていた時代でもあり、学生時代に反対運動をしていたことを覚えています。
21世紀になってやっとPFAS懐疑論が本格化
21世紀に入る頃から、PFASのうち、パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)とパーフルオロオクタン(カルボン)酸(PFOA)(いずれも、塩を含みます)の毒性を疑う懐疑論が本格化し、新しい環境問題として注目され始めました。分子構造をみてお気づきのように、PFOSとPFOAの塩は、界面活性剤としての特性があることがわかります。しかし、界面活性剤としては、疎水基のフッ素置換がない一般的な界面活性剤と比べると、最小限の水溶解性を確保しつつも、疎水基の分子構造により、撥水性だけではなく、C-F結合特有の撥油性(フッ素無置換体とは相反する性質)を付与することができるなど、かなり特殊な性質を持っています。また、C-F結合で埋め尽くされた構造によって、反応点がまったくなく、燃焼すらきわめて困難な化学的特性を活かし、難燃加工剤や消火器の消火剤の成分として使用されていたこともありました。
実は、「有機フッ素化合物(OFCs)問題=PFAS問題」ではない!実はもっと身近に生活に食い込む有機フッ素化合物
PFASとは、Poly (or Per) Fluoro Alkyl Substances(多フッ化アルキル化合物)の総称であって、炭化水素基(直鎖とは限りません)の水素のうち2原子以上がフッ素に置換した構造をもつ化合物すべてを指します。実は、PFAS問題は有機フッ素化合物(OrganoFluorine Compounds = OFCs)の問題の氷山の一角に過ぎず、さらに、マスコミでも最近頻出するPFOSとPFOAの問題は、PFAS問題の氷山の一角に過ぎないのです。マスコミはあたかもPFOSとPFOAのみがPFASであるかのようにとれる報道をしていることが多く、化学的誤解が生じているのです。さらにいえば、OFCs問題という切り口では、ほとんど言及がありません。実際には、PFOSやPFOAに対する懐疑論を無視するかのように、殺虫剤を中心に、フッ素置換が多い化合物(OFCs)にとって替わる動きが顕著になってきました。気づいてみれば、ドラッグストアの殺虫剤コーナーでOFCsではない殺虫剤を探すほうが難しいくらいにまで、市場シェアが急拡大しています。まるで、PFOSとPFOAの問題がPFAS問題の全てであるかのようであり、さらに、PFAS問題がOFCs問題のすべてのようにとれますが、実際には、そうではありません。OFCs問題は、PFAS問題よりもさらに根が深い問題なのです。
OFCsへの転換がとくに顕著な殺虫剤の例では、フッ素系ピレスロイドのメトフルトリン、プロフルトリン、トランスフルトリンなどがありますが、これら3物質は、フッ素化の化学形態が芳香族(Aromatic C-F)であって、多フッ化アルキル構造は持っていないため、PFASの定義には該当しませんが、OFCには該当します。新規殺虫剤カテゴリのメタジアミド系の殺虫成分のブロフラニリド(商品名:テネベナール)は、多フッ化アルキル構造を持つため、定義上はPFASに該当しますが、PFAS問題としては、このFMGを除いては、ほとんど言及がありません。これでほんとうに「PFAS問題の議論」としてよいのでしょうか。さらに、PFAS問題はOFC問題の全てではなく、非PFASのOFCは全体的に問題があるといえる物質であるため、PFAS問題としてではなく、本来はOFC問題として議論すべきなのです。
日本の環境省は、OFCs問題を含め、化学物質管理を難しく考えすぎるあまり、環境政策としての実効性や生産性に欠いているというのが、市民派の化学専門家としての正直な評価となります。前に、OFCs問題は根が深い問題と述べましたが、見方を変えれば、実は非常にシンプルです。それはどういうかといえば、OFCsが持つC-F結合が他には例がないほど強固な結合であるがゆえに、その結合部位が化学的分解も生分解も環境中では期待できないことは、半経験的考察※注に基づいて明らかであり、バイオアッセイなどによる環境影響評価をするまでもなく、環境保全や人の保健衛生を最優先で考えるかぎり、OFCsが包括的に規制する方向一本で考えて然るべきといえる化合物群だからです。(参考文献例:審査報告書 ブロフラニリド 別添2 代謝物等一覧(農林水産省消費・安全局農産安全管理課/独立行政法人農林水産消費安全技術センター))言い方を変えれば、産業での需要実態や経済的パラメータに重点をおいて考察したりすることが、OFCs問題に対応しない口実を探ることになり、環境問題としてのOFCs問題の解決に向けてのアプローチを困難にしているのです。
OFCsは、C-F結合が炭素と異種原子との単結合としては最も結合エネルギーが大きい結合であることに加えて、複数のC-F結合を持つ天然有機化合物は事実上皆無といえるほどに少なく、天然での曝露確率はほぼゼロといえることもあり、環境化学の観点から、未知のことがあまりにも多すぎるのです。ネオニコチノイド系殺虫剤のリスク評価であったように、ラボでのバイオアッセイやフィールド実験などの経験的プロセスによって、実際の環境管理において、問題を生じさせることなく適用しうるような毒性学的真実を得ることは、事実上ほぼ不可能といえるくらいに困難であり、実用化から20年以上経ってから、想定すらしていなかったようなことも含めて問題が表面化するのです。それはまさに、DDT問題をクローズアップした「沈黙の春」の再来、OFC問題こそ、現代版の「沈黙の春」そのものです。PFOAやPFOSの問題は、その例のひとつなのです。IARCが今更になって、PFOAやPFOSの発がん性分類を見直さざるを得なくなるというのは、実は、そういうことなのです。
OFCsポジティブリスト制度の実現・実行を
FMGでは、環境省に対して、OFCsを原則禁止としたうえで、広く国民から、必要不可欠用途のOFCsに関する情報を募り、それらの情報について、リスク対有用性に関しての国での審査を経て、必要不可欠用途OFCsとして特に定め、限定的に使用を認める、OFCsポジティブリスト制度の実現と実行を政策提言します。必要不可欠用途として判断する基準の基本的考え方としては、そのOFCsを禁止することによって、「人の生命維持に重大な問題が発生するかどうか」、「社会的に不可欠な産業が成立しないなどの社会機能上の重大な問題が発生するかどうか」によって是非を判別するということになりますが、いずれの場合も、OFCs以外の代替物質の選択肢が存在し得ないことが前提条件となります。また、ポジティブリストに記載のOFCsであっても用途を制限するという場合も考えられます。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)に関しては、家庭用のフライパンなどへの付着防止加工のような用途は、鉄製フライパンなどの代替選択肢が多数あるため禁止とする一方で、医療機器や化学分析機器の配管のような、生命維持や品質管理上不可欠で、代替がほぼ不可能な用途の場合は容認するなどです。このようにすることで、社会的必要性が低いOFCsを確実に排除でき、管理対象の化学物質の数そのものを減らすことで、OFCsだけではない化学物質管理を効率的に行うことができるようになります。必要性が低い、代替物質の選択肢があるような用途でのOFCsをみだりに使用するようなことはあってはならないことです。環境省には、現状の深刻さを真摯に受けとめたうえで、柔軟な思考で、世界に見本を示せるような的確な政策行動に踏み切っていただきたいものです。
※注
半経験的考察:ラボでのバイオアッセイやフィールド実験・調査といった複数の経験的知見と、有機化学や生化学などの複数の基礎化学的知見とをもとに論理的・仮想的に考察することで、実験や調査といった経験的知見を得る過程を経ずとも、確度の高い仮想的結果を得るプロセスのこと。他者の経験的業績に関する文献探索でエビデンスデータを得ることを他力本願型の受動的過程というなら、半経験的考察をもとに、新しい結果を得る過程は、自己創発型の能動的過程といえる。半経験的考察には、学際領域を含む網羅的な化学力が必要となる。
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