「鶏肉や卵を食べても人が鳥インフルエンザに感染する心配はありません。」
高病原性鳥インフルエンザの報道での常套句だ。養鶏の風評被害(買い控え)を恐れて、国が各都道府県に呼びかけている、経済的願望が先行し科学的根拠に乏しい安心感の押しつけ、似非リスクコミュニケーションである。正しくは、客観的なリスクコミュニケーション情報を十分に与えたうえで、
「実際に鶏肉や卵を食べるかどうかの最終的判断は、各主体にお任せします。」
となる。一見して無責任なように思えるかもしれないが、「客観的なリスクコミュニケーション情報を十分に与えたうえで」という大前提があるかぎり、これが最も正しい方法である。リスクの感受性や解釈法は各主体間で異なるからだ。そのうえで、多様な意見をぶつけ合い、全国民的な議論を揉む機運を醸成するというのが、国や地方自治体がファシリテートすべき方向性である。それこそが、リスクコミュニケーションの本来のあり方であり、化学物質の場合にも、感染症の場合にも、さらには、経済・社会的なリスクの場合にも同じことがいえる普遍性がある。
人への感染性が無視できないH5N1型鳥インフルエンザ(HPAI)
さらに詳細な解析により、愛媛県西条市で発生したHPAI禍の原因ウイルスは、H5N1型であることが判明した。このH5N1型HPAIウイルスは、人への感染の可能性が比較的高いことが知られており、厚生労働省も警戒を促している。H5N1型HPAIウイルスの潜伏期間は、鶏で1〜2日、人で2〜9日とされている。いいかえれば、鳥インフルエンザウイルスが鶏の体内に入って感染してからすぐに発病するわけではなく、その1〜2日後も、必ずしも発病するとはかぎらず、無症状の場合も想定しておかなければならない。その場合は、感染に気づかずに見過ごされてしまうだろう。そのような鶏が産んだ卵や鶏肉が出回り、生卵や鶏肉の刺身やたたきとして食される可能性も全くないとは言い切れない。人のH5N1型HPAIウイルスへの感染は、濃厚接触でないと起こらないと考えられるが、生卵や生肉の摂取は究極の濃厚接触だといえる状況である。そして、その生卵や生肉にH5N1型HPAIウイルスが含まれ、不摂生やストレスなどで免疫力が低下している状況下で食べることで感染し、その2〜9日後に、身に覚えのない激しい風邪様の症状に襲われるかもしれない。もし、そのような人が身の回りにいた場合は、大至急保健所に、2〜9日前に生卵か生鶏肉(または加熱不十分の鶏肉)を食べた旨を告げたうえで、保健所から紹介された医療機関を受診するよう促すべきである。保健所への申し出は、HPAIの人への感染疑い事例の疫学的記録という公益上重要な手続きであり、社会全体の安心安全のために必ず行うべきである。とくにこの時期は、新年会と重なり、気が緩みがちになるので要注意だ。H5N1が原型となり、それが人体内で変異し、それがさらに第三者に感染し…ということを繰り返すうちに発生するのが、人に対して高い病原性を示す新型インフルエンザである。一度発生すると、終息の先が見えない社会不安が起こるというのは、昨今の新型コロナウイルス・オミクロン株の脅威でもよく知られているとおりである。
H5N1の人感染は限定的だが、日本は
フランス・パリに本部があるOIE(国際獣疫事務局)は、このところ欧州やアジアでH5N1型のHPAI禍が多発していることから、人への感染リスクが高まったことを指摘しつつも、実際への人への感染の可能性は濃厚接触の場合に限られるとしたとロイターが報じた。但し、これで安心できるのは、鶏卵や鶏肉を生で食べる習慣のない欧州などの地域だけであり、世界的にも稀な鶏卵を生(半熟)で食べたり、鶏肉を生で食べる習慣のある日本は、日常生活の身近なところでも濃厚接触に該当する機会が生じるおそれがあり、これを鵜呑みにすると危険だ。養鶏場、とくにバタリーケージ採卵養鶏場やブロイラー養鶏場では常に鶏が大量に死亡しており、潜伏期間もあるうえ、感染して必ずしも発病するとは限らないため、HPAI感染鶏の完全なスクリーニング(篩い分け)は現実的には不可能である。(この発病の曖昧さも、感染拡大の阻止のために念のための全数殺処分が行われる理由になっているとされる。)各主体においては、鳥インフルエンザウイルス感染の仕組みや実際の飼養方法などをよく考えたうえで、どうしても不安や倫理的問題点が残る場合は、無理に食べたりせず、持続可能な畜産への転換の機運を醸成するためにも、あなた自身がヴィーガンになることも視野に入れて考えていただきたい。
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