今年こそ純粋な社会になってほしい

正月返上で雌鶏の強制殺処分作業をする愛媛県職員。強制殺処分された雌鶏の遺体は白いプラスチック容器に格納され、可及的速やかに火葬(焼却処分)される。(映像元:南海放送(日本テレビ(NNN)系列))

「昨季の鳥インフルエンザ禍の大量殺処分がきっかけでヴィーガンになったのです。」

そのように言うと、たいていの人に笑われます。

こういう世の中って、どうなのでしょう。

猟奇的な深層心理を持っていて当たり前なのでしょうか。

そこに、とくに日本人は矛盾を感じて当然だと思うのは、おかしいことでしょうか。

西洋人が狩猟民族だといわれるのとは対照的に、日本人などの東洋人は農耕民族だといわれます。

字のとおり、食べるものは、動物を殺して得るのではなく、植物を栽培して得るのだという考え方で生きるというのが、農耕民族の基本的な考え方です。

しかし、今は逆ではないでしょうか。昨今のSDGsの機運の高まりで、欧米では、ヴィーガンをはじめとする利他哲学や多様性(ダイバーシティ)の包含的受容(インクルージョン)が加速度的に進み、他者の痛み苦しみを受け止め理解し、天恵や人恵の富の知的分配に向かおうと動いています。これこそが、真の先進国のあり方ではないでしょうか。

一方、多くの日本人にとって関心があるのは、目先の豊かさ華やかさだけ。他者の痛み苦しみは可能なかぎり見てみぬふりをする。ケージ卵をふんだんに使ったものを何も気にせずに買うという行動に、その本音は表れているのです。

「お正月も返上で、残酷な殺処分作業を命じられる県職員が気の毒でしかたがない」「殺処分作業に従事した県職員は、その作業のあまりの凄惨さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患ってしまうのではないか。心のケアはどうするのか」「何の罪もない、拷問の末に強制的に殺され焼かれる雌鶏があまりにもかわいそうすぎて言葉にならないくらいだ」

純粋な気持ちの持ち主なら、すぐにそのように思い、遠くでのできごとでもジブンゴトのように悲嘆にくれるはずです。でも実際は、そのような純粋な気持ちを持った日本人が、この世の中にどれだけいるでしょうか。

「そのような人が周りにはいないから」と、絶対に諦めないでください。

こどもだけではなく、世代を問わず、農耕民族本来の慈しみの心をとりもどす。
先進国日本をあきらめない。

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