学童保育拷問動画拡散問題で志布志市に意見

昨日、あるSNSに学童保育での拷問の様子の動画が拡散され、批判が殺到しました。鹿児島県志布志市の社会福祉協議会が運営する学童保育施設で、新1年生になる児童が集まり、児童が自己紹介をするなかで、1人の女子児童が自己紹介できないでいると、施設の職員が自己紹介を強要し、さらにプレッシャーをかけて激しく号泣する様子です。この問題に関し、児童教育に関わる銀鮒の里学校は、問題となった動画を教育者の立場で解析し、学童保育を所管する志布志市福祉課に質問のうえ、教育上の配慮に関する助言を行いました。

新1年生で不安が多いのは当然のこと

個人差もありますが、誰でもはじめてのことには、期待も不安もあります。とくに、経験が少ない新1年生は、この春から、幼稚園やこども園などとは全く環境の異なる小学校に急に行くことになるわけですから、慣れないことばかりで、不安が多いのも当然のことです。性格によっては、環境の急激な変化で過大なストレスを抱え、情緒が過敏になることも想定されます。例えば、しばらくの間は、給食が全く食べられないという児童も多いといいます。そのような状況で、給食を時間内に食べることを強要し、プレッシャーをかける教員の行動が長年にわたり問題視されてきました。動画でわかる範囲でも、女子児童は、職員から拷問を受けているときに、震えながら泣いていることが見て取れ、このことからも、慣れない中でプレッシャーを強要され、どうしようもなくて恐怖すら感じていることがわかります。今回の自己紹介の強要も、この問題行動に似ているといえます。児童にわからない不安が多いなかで、こどもの気持ちに寄り添うことなく、大人の思い込みばかりで動き、強要するようなことは、いかなる児童教育の現場でも決してあってはならないことなのです。

インクルーシブ教育の認識がなかった志布志市

そこで、志布志市福祉課に、市としてのインクルーシブ教育の認識はあったかどうかについてヒアリングをしたところ、インクルーシブ教育という概念そのものを知らなかったという、驚くべき事実が判明したのです。ご承知のとおり、インクルーシブ教育とは、こどもの多様性を受けとめ受け入れ、一人ひとりの個性を尊重し、個性を肯定的に伸ばす教育のことです。この場合、学童保育も初めてでしょうから、学童保育施設側が事前に親子と面談をし、わが子のことを最もよく知っている保護者から、教育上とくに配慮してほしいことを事前に聞き取り、一人ひとりの個性を熟知しておく配慮が必要であり、このような配慮を怠っていたとみられます。

手のひらタッチなどの自然なスキンシップも有効

こどもは、大人がスキンシップの機会を与えてあげると、スキンシップを求めてきます。同じ目線でのスキンシップは、こどもとの精神的距離を近づけるのに有効です。このようにすることで、コミュニケーションの食い違いを防ぐことができるのです。

児童期の孤独体験や恐怖体験はトラウマ化しやすい

児童期の恐怖体験は、とくに常習化すると、将来にトラウマ化しやすいといわれています。また、いじめや拷問で、集団生活のなかで孤独感を強いられることも、自己肯定感の成長が強く阻害され、自己無用感やネガティブ思考の原因になり、やはりトラウマ化します。この動画の事実が問題化されなかったとしたら、このような配慮に欠いた拷問は繰り返されたかと思うと、身震いせずにはいられないでしょう。

銀鮒の生き方から学ぼう

こどもは必ずしも集団に合わせる必要はないのです。親しい仲間をつくり、そのなかでよい影響を及ぼしあいながら成長していくのが、児童期のこどもなのです。無理にやらなくてもいい、いつか仲間のなかで気づいてやってくれるだろう、そのように見守るくらいの気持ちでよいのです。このような行動のあり方は、時には単独行動、でもほんとうは、仲間で一緒に泳ぐのが好きだという銀鮒の生き方に学ぶことができることでもあるのです。

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