【年末爆笑特集】オームの法則がわからない店員がいる赤い家電量販店のはなし

今後、日本が持続可能な発展を遂げるためには、すべての国民が、少なくとも高校レベルの理科に基づく科学リテラシーを身につける必要があるとされます。その一方で、「どこ吹く風」と他人事で開き直る、関西地盤のあの赤い家電量販店Jがあります。そうです。全社挙げて阪神タイガースを全力応援するという上新電機(ジョーシン、以下、ジョーシン;大阪市)です。来年は「」年でもありますし…大晦日はNHK紅白戦争ではなく、ヘンな鮒のブラックユーモアにお付き合いください。

IH炊飯器がAC100Vでショートしない理由「ワカリマセン!」(苦笑)

IH(Induction Heating;(電磁)誘導加熱)調理家電に搭載されているコイルは、頼りないくらいに小さく、巻数が少ないものです。電子工作を少しでもやったことがある方なら、誰しも不思議に思ったことがあると思いますが、もし、そのようなコイルを直に電源に接続しようものなら、車のバッテリー(DC12V)でもショートして異臭がするでしょうし、AC100Vを印加しようものなら、火を吹くでしょう。でも実際は、AC100Vの電源を入れても、ウンともスンともいわず、金属製の鍋などを置いてはじめて、それも静かに発熱を開始します。その理由をジョーシンの店員に尋ねると、「ワカリマセン」と逃げる始末。挙げ句の果には「関係のない質問だ」と逆ギレする始末です。

では、そんな哲学的熟考を知らない無知な店員のことはさておき、IHがなぜショートしないのか、ざっくりと説明をすることにしましょう。

たしかに、この程度のコイルであれば、AC100V(60Hzまたは50Hz)を直接印加すれば、間違いなく火を吹きますし、IH現象は起こりません。そこで、トランス(変圧器)を思い出してください。変圧器は頑丈な鉄心に非常に多くの巻数のコイルを巻き付けていますが、AC100V(60Hzまたは50Hz)ではショートしません。そこで必要となる概念が、交流回路のインピーダンス(Impedance;impede=妨げる+ance=程度)という概念です。(厳密にいえば、オームの法則の交流回路における拡張概念ともいえるインピーダンスの解釈には、虚数i(i = √(-1);iは-1の平方根であり、実数ではない)という高校数学で頻出の数学的概念が不可欠なのですが、ここでは、IHの原理の理解に特化して、できるだけ平易に解釈できるよう、そういうものという程度に置いて説明することにします。)

コイルには、誘導起電力の発生能力を示すインダクタンスという量(単位:H(ヘンリー))が存在しますが、これは、コイルの巻数に比例すると考えてよいでしょう。大きければ大きいほど、直流回路では、回路の開閉時(瞬間)における、電流の変化に逆らおうとする逆起電力が大きくなります。それが大きくなり、交流の電圧を印加することになると、定期的に極性が逆転する大きな逆起電力が、連続的に発生し続けることになり、その逆起電力が、直流回路ではショートするはずの電流の流れを強力に妨げます。その交流回路特有の妨げる作用がインピーダンスと考えてよいでしょう。十分に大きいインピーダンスは、交流回路でトランス(一定以上の巻数のコイル)がショートしない理由になります。

では、交流の周波数を何百倍にも高めてやると、どうでしょうか。逆起電力の極性が替わる周期も、コンセントの交流の何百分の1ときわめて短くなり、ショートする余地などないことが想像できるかと思います。それならば、トランスほど巻き数が多くなくても、ショートしないのでは、と思いませんか。そうです。それこそが、IHのコイルがショートしない理由なのです。IH調理家電のコイルに印加される交流電圧の周波数は、20kHz(20,000Hz)前後とされ、高周波といわれる領域の交流になっています。

コイルのインピーダンスZLは、

ZL = jωL = j・2πfL

(jは虚数単位、ωは角周波数、fは周波数、Lはコイルのインダクタンス)

で表され、周波数とコイルのインダクタンス(巻数に関係)とに比例することがわかります。言い換えれば、高周波であれば、インダクタンスの小さいコイルでも周波数の高さでカバーできるということになります。だから、IH調理家電のコイルは拍子抜けするくらいに小さいものなのです。

では、高周波交流はどのように発生させているかというと、2個以上の複数のパワーFET(大容量の電界効果トランジスタ;指先くらいの大きさ)を超高速でスイッチングさせることによって発生させています。いわば、最低限の高周波インバータ回路といえるようなものが入っています。熱を発生させるだけですから、正弦波発生のような厳密性は必要なく、回路は小さくて済みます。だから、「の子」マークでおなじみの炊飯器のような、搭載に非常に大きな制約があるような狭小スペースにも搭載でき、小型なIH調理家電が実現できるのです。このようなスイッチング回路は、より低電流容量のものがAC電源を用いる電子回路には必ずといってよいほど入っています。

IHで金属物体が発熱するのは、極性(N極・S極)が1秒に数万回入れ替わる磁束が、鍋などの金属を通過するときに発生する渦電流と呼ばれる高周波特有の誘導電流が流れ、鍋の金属自体が無数の抵抗体となって発生するジュール熱によるためです。この状態は、目に見えない無数の低電圧トランスとそれに接続された抵抗負荷(超小型ヒーター)による閉回路が鍋に形成された状態と実質的に等価であると解釈されます。これは、50〜60Hz程度の交流では実現し得ない、高周波域だからこそ得られる効果です。

IH家電にはいくつかの問題が指摘されていますが、その多くが、電磁波や変動(漏れ)磁場の問題です。スイッチング回路には、どうしても電磁波や電磁ノイズはつきものですし、しかも、IHの場合は大電流で使用しますから、一般的な電子機器よりはどうしても電磁波は強くなりがちです。さらに、高周波の作用により渦電流を発生させるくらいですから、当然、人の健康にも何らかの影響がある可能性を考えるのが自然です。IHは、ものづくりの現場では欠かせない場合が多いように、正しく有意義に使用すればきわめて重要な技術です。化学物質問題と同様に、IHも、市民運動で批判をするには、それなりの知性が重要であるということの一つの例であるともいえるでしょう。

さて、ジョーシン問題に話をもどしますと、販売者には、売る責任というものがあり、SDGs時代の今日では見直されています。昔の街の電気屋は、「電気のことなら何でも知っている」と、電磁気学を熟知していて当然という認識があり、尊敬の対象でもありました。しかし、今日の家電量販店の店員には、それがありません。ジョーシンはその究極型といえるでしょう。ぜひ、フライング初売りセールをやっているジョーシンに行く機会があれば、店員に知的な質問をしてみてください。この記事のいいたいことが身にしみてわかるかと思います。

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