近江商人の伝統日本型マーケティング理論
近江商人の商売心得十訓をご存じのことと思います。銀鮒の里学校でも、これからの時代を生き抜く人の道として学ぶことのひとつです。
- 商売は世のため、人のための奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
- 店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何
- 売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客つくる
- 資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし
- 無理に売るな、客の好むものを売るな、客のためになるものを売れ
- 良きものを売るのは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり
- 紙一枚でも景品はお客を喜ばせる、つけてあげるもののないときは笑顔を景品にせよ
- 正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ
- 今日の損益を考えよ、今日の損益を明らかにしないでは、寝につかぬ習慣にせよ
- 商売には好況、不況はない。いずれにせよ儲けねばならない
よく考えてみれば当然だと思う方が多いですが、実は、現代の日本社会では、ほとんどの場合で正しく理解されていません。「(人を騙しても)何をやっても、とにかく売れればオーライ」だと考える、米国発のユダヤ式マーケティングの考え方(アメリカナイゼーション)こそが現代の方法論として正しいと考える人が多いからです。しかし、現実はどうでしょうか。長きに渡り、大量消費・大量廃棄を現実的理想として追い求め、安さを競い合うように売る、安ければ安いほどよい、価値観が品質よりも安さが優先した結果、「手抜きこそが美徳だ」「(顧客から安くするために品質を下げることを求められるため)売れるためには手抜きを余儀なくされる」「製品そのもの、あるいは、消費者自身のこころとからだ、それらのどちらか(または両方)がすぐにダメになる」「また新しい安いものを買う(買わされる)」の悪循環になっているのです。お気づきのとおり、近江商人の商売の心得とは、ただ「売れればよい」「俗世間で売れているものだけを売る」ではダメで、商売を通じて、お客様や社会に奉仕し、高い誇りと志で、善良なお客様の心をつかみ、その繰り返しで社会をよくしていくというものなのです。
1個300円の固定種トマトはいかがですか?
1個300円でも買いたい固定種トマトをつくる。これは、単に強気の価格設定というのではありません。ほんとうのトマト好きならば、その潜在的価値をよくわかっており、わざわざ農園に足を運んででも、あるいは、高い対価を払ってでも食べたいと思うはずです。逆をいえば、それを「ぼったくりだ」というネガティブな側面でしか捉えられない人というのは、トマトの潜在的価値というものを知らず、そこには、搾取的な深層心理というリスクが潜んでいるのです。ここであなたは農家だとします。もし、トマト(やその他の野菜)を安売りすることしか考えられないとすれば、あなたは、安いものにしか目がないような意識の低い低質なお客様から、搾取されっぱなしになるでしょう。そして、その泥沼に一旦はまれば、脱出するのは困難をきわめるでしょう。この事例は、「ハンバーガー80円」「100円マック」のマーケティングを行ったことで知られる、あの悪名高きマクドナルドも自ら苦めてきた経験があります。ひとたび「安くてあたりまえだ」という印象がお客様に浸透してしまえば、キャンペーン終了後、標準的に価格に値上げをすれば、容赦なく「ぼったくりだ」というバッシングを受けることになるか、急に客足が遠のいてしまいます。マクドナルドに行くような低質なお客様は「安い」イメージこそが最大の便益なのであって、それがたとえ世間一般的な価格への値上げであったとしても、その「ゲリラ的値上げ」という行為に対して強い嫌悪感をもつのです。マクドナルドというのは、あまりにもたとえが悪すぎるかもしれませんが、現実として、日本社会では現実としては、多くの人は、「農作物は安く買えてあたりまえだ」という意識をもっています。加工食品は、加工の手間が加わっているため、一次的生産物である農作物が加工食品よりも安いというのは、当然のことではあります。しかし、だからといって、お客様の「安くて見てくれのよい」を求める姿勢に全面的にこたえているようでは、農家も農業全体も疲弊してしまいます。その期待に応えるためには、有機リン剤やネオニコ剤、TPNのような安くて猛毒の農薬をバンバン使い、硝酸性窒素で水太りさせてハッタリを効かせないとやっていけないのです。実際にスーパーで売っている野菜のほとんどは、そのような野菜です。だから、スーパーの野菜は水っぽくてまずくなり、野菜嫌いのこどもも増えるのです。安い農産物しか売れない農村は頑張っても儲からないから、農家のモチベーションは下がりますし、そのような理不尽な苦労を見せれば見せるほど、将来、農家を志すこどもや若者は少なく(ほとんどいなく)なり、結果として、農村の過疎化が深刻化します。農村の過疎問題の本質とは、都会のエゴによる無知が、農村をあきらめさせているということなのです。
さて、話を戻しますが、ほんとうにその産地の農村や農業者(生産者)を思うのであれば、その唯一無二の価値の創造に勤しむ農業者に対して、それ相応以上の対価を払いたいと思うのは当然の考え方だと思いませんか。加えてぎんぶなのうえんでは、お客様のお口に入る前に、栽培者が事前に食味確認をし、栽培者として納得できるものしか、お客様にはお売りしません。栽培履歴情報もお客様にお渡しします。その価値がわからない人には、農産物は売りません。そう割り切ったほうが、農業者のほうも気が楽ですし、価値がわからない、腐らせて棄ててしまうような低質な客の理不尽な買い占めもないですし、ほんとうにその農産物を求める善良な顧客が確実に入手できるようになるわけです。ひとり親世帯や低収入世帯で、農産物の価値がわかる、諦めたくない気持ちがある、その農産物がほんとうに必要な人であれば、無償で差し上げてもよいと思います。むしろ、そのほうが、激安スーパー並みに安く売るよりも、1個300円のトマトのように、強気の価格設定で売れるよりも嬉しいと思います。なぜなら、収益を独占するのではなく、成果物を公益分配したほうが、社会のためになるからです。それが、ぎんぶなのうえんの農産物供給の考え方です。
学校づくりチャリティートマト(固定種)予約受付中
教育農園のぎんぶなのうえんは、本音をいえば、売り手が価格を決めるようなことは、極力したくはありません。なぜなら、その価値を見出すのは、お客様だからです。そこで、ぎんぶなのうえんでは、銀鮒の里学校の学校づくりを目指すチャリティーの一環として、固定種トマトの予約を受け付けます。品種はポンデローザ(赤色大玉・生食用)、世界一(赤色大玉・生食用)、プリンチベ・ボルゲーゼ(赤色小玉(房なり)・加熱調理用)を予定しています。当園は改正食品衛生法に定める採取農業者であり、輸送で劣化させるくらいなら、売れる場所であっても、出荷はしたくないと考えています。現地直接渡しの会員制にこだわりたいと考えています。そのほうが、ほんとうにぎんぶなのうえん野菜を必要とする人にとっては、確実に入手できる場を提供でき、社会的にもよいからです。
ご希望の方は、ご希望のご購入価格と、なぜその価格で買いたいのかを、下記のURLリンクのフォームで直接お伝えください。(会員制ですので、事前の銀鮒の里アカウントの取得が必要です。ご提示いただいた価格や理由によっては、頒布を拒否させていただく場合もございます。前文をお読みいただいてご察しのとおり、必ずしも「高いから手に入る」「安いとダメ」というわけではありません。お客様のおかれている諸事情等も含め、総合的に検討させていただきます。)
●学校づくりチャリティートマト プロポーザルフォーム
https://funaan.org/script/mailform/easycom/
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