国立市の深い闇?市民運動批判ともとれるプレジデント・オンラインの記事が物議

積水ハウス(大阪市)が東京都国立市に建設した、完成引き渡し直前の分譲マンションの解体をめぐり、プレジデント・オンラインが報じた記事が、「国立市民は政治市民運動慣れした人が多く、『文教都市国立』のブランドはそんな国立市民の市民運動気質で醸成された経緯がある。国立市には、反対運動の煽りを受けやすいという、(他の都市では不可解な)闇がある」という論調の記事を報じたことに関して、市民運動界隈では物議を醸すことが必至の状況となっています。市民運動を行うことが、ことに(同質同調を重視する)日本社会では異常であると言わんばかりの論調だからです。

「富士山が見えなくなる」が怖くて新築マンションを急遽解体…積水ハウスが見誤った「文教都市・国立」の深い闇 「係争中」のマイホームを欲しがる人はいない

積水ハウスの新築分譲マンション「グランドメゾン国立富士見通り」の異例ともいえる解体に関しては、「ただただもったいない」「積水ハウスの読みが甘過ぎた」「マンション乱立問題への感度が高い国立市民の気持ちもよくわかる」など、賛否が入り交じる様々な意見がありますが、一言で仲裁的結論をいえば、新築解体はもったいないという当然の感情論はさておくとして、

積水ハウスの解体決定は結果的に当然の英断だった

というようにファシリテートできます。市民運動界隈では、積水ハウスといえば、日本社会でCSRが企業の常識として認識されるようになる前から、先行的にCSRに取り組んできた企業であることをよくご存知ではないかと思います。そのような崇高な企業市民活動理念を掲げて行動してきた積水ハウスにしては、今回の新築マンション解体問題は、あまりにもお粗末な結末だという批判もあって然るべきでしょう。では、今では考えられない別のシナリオについて考えてみましょう。積水ハウス以外の別の建築会社であれば、「マンションを建ててしまったから、今に引けない」という主張を曲げず、いくら反対運動があったとしても強硬に応じず、解体するなど、決してあり得ないのではないかと思います。これに対して、積水ハウスとして「建てて売りたい」という強い思いがあったがために建てたはずのマンションを、後に国立市民の意向を酌み、そちらのほうを優先した結果、新築解体の英断を下したのは、まさに建築業界としては異例中の異例の対応だと報じられているというわけです。もちろん、国立市の事前調査を怠った結果として、新築解体で、余計な廃棄物が新たに発生するという、あまりにも大きな矛盾は免れませんが、ここで解体されず、竣工が強行されてしまえば、後に積水ハウスと国立市やその周辺地域との関係が悪化し、少なくともこの地域ではもう二度と仕事ができなくなるかもしれませんでした。そのようなことになるくらいなら、解体したほうが傷が浅く、企業として痛手にはならないと、積水ハウスは判断したのでしょう。これについては、プレジデント・オンラインにも同様のことが述べられています。

記者は岡山県倉敷市出身ですから、景観問題には敏感であり、マンション建設により「富士見通りなのに富士山が見えなくなる」と嘆く国立市民の気持ちも非常によくわかります。結果論的には、積水ハウスが国立市の事前調査をしっかりして、はじめからその場所には建設せず、代替案を講じていれば、今回の騒動は確実に起こり得なかったはずです。新築解体はもったいないことですが、こちら豊中をはじめ全国で問題となっているマンション乱立による景観・日照権問題をめぐる市民運動に一石を投じることになり、そういう意味では決して無駄ではなかったのかもしれません。

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