JR西日本、過疎問題の厳しい現実を定量的に突きつける

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地方行政の尻に火をつける、あまりにも厳しい現実を数値で

JR西日本(大阪市;営業エリア:近畿(東海道新幹線を除く)・中国・北陸(福井・石川・富山)と新潟県・長野県の一部・福岡県の一部(山陽新幹線))は、4月に輸送密度が2,000を下回る赤字ローカル線の厳しい収支の実態を公表する予定としている。なかでも、輸送密度が100にも満たない芸備線と大糸線の一部の区間の沿線自治体に対しては、明言はしていないものの、今や一営利企業のJR西日本の経営努力では限界を超えており、廃止(廃線)を視野に入れた協議を申し入れており、自動車交通(バス・タクシー・BRT)への転換、LRT(低床型電気軌道線)への転換、上下分離方式(鉄道資産を地方自治体が保有し、民間企業が鉄道営業を担う方式)、沿線自治体独自の利用促進政策(交通費助成・観光振興等)の実施などの選択肢を用意し、今後どうしていきたいのか、当該の地方自治体に対して、厳しい選択を迫っていくとみられている。

これまでは、輸送密度が4,000を下回る線区では存廃議論の対象とされてきたが、過疎やモータリゼーションなどによる鉄道利用者の減少は年々厳しさを増しており、従来の基準で忖度なしで廃線にしてしまうと、特定の地域では、鉄道網がほとんどなくなるという事態に陥ってしまう。そのため、最近では、存廃議論の対象線区の妥協策として、輸送密度2,000以下に基準が緩和されている。それでも、中国地方の中山間地の線区のほとんどは輸送密度1,000を下回る状況になっており、JR西日本側からしても、一筋縄ではいかない状況になっている。

特急列車の乗り入れの有無が明暗を分ける

非電化のローカル線、それも交通政策の失敗の典型ともいわれるような第3セクター線でも、財政的な成功を収めている例もある。その代表例が、鳥取県・兵庫県・岡山県などが出資する智頭急行(CKK;鳥取県鳥取市)だ。その成功の決め手となるのが、特急「スーパーはくと」だ。兵庫県の上郡から鳥取県の智頭までの区間は、一見して貧相な単線で、過疎の中山間地を通るにもかかわらず、JR山陽本線・東海道本線を経由して神戸・大阪・京都まで、JR因美線・山陰本線を経由して鳥取・倉吉まで乗り入れ、時速130km運転が可能で、電車に比肩する高性能気動車(ディーゼル車)を投入したことで、関西ー山陰間の交通の利便性(速達性)を高め、効を奏した。(JR乗り入れ区間で、高速走行で有名な新快速電車を追い抜くシーンも見られる。)JR西日本でも、山陰や北陸方面などへの特急が乗り入れる線区は、数値上は比較的好調になる傾向がある。出発地と到着地が都市部や観光地となる在来線特急では、中間の停車駅が過疎地になる場合が多く、始発(に近い都市部の)駅から終点(に近い都市部の)駅まで利用する乗客が多い。このことからも、関西や山陰、北陸などの都市からの旅客の利用が成否の鍵を握っている。また、陰陽連絡線の伯備線(倉敷〜伯耆大山)など、貨物線としても重要な線区はモーダルシフトの観点からも重要視されており、廃線の心配はないとみられている。

一方で、芸備線(備後落合〜新見間)とJR西日本エリア最北東端の盲腸線、大糸線(南小谷〜糸魚川間)は、存廃議論の対象となる悲惨な状況となっている。JR西日本は以前から、輸送密度・営業係数全国ワースト1として知られる芸備線の備後庄原〜備中神代間の沿線自治体にあたる岡山県と広島県、新見市と庄原市に、存続のあり方についての協議を申し入れていたが、実質的な存廃議論とみられる。さらに、近々、新潟県糸魚川市などの大糸線の南小谷〜糸魚川間の沿線自治体にも同様の協議を申し入れることを示唆している。協議というのは、関係自治体をがっかりさせないための、含みをもたせる交渉術上の建前であって、本音はJR西日本が三行半を突きつけるものとみられており、これまでの廃線基準の輸送密度値を大きく下回る数値だけに、先行きは険しいものと予想されている。

芸備線沿線の地域公共交通計画に関する申入れについて
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/210614_01_geibisen.pdf

大糸線沿線の活性化および持続可能な路線としての方策検討の開始について
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220203_01_ooito.pdf

【参考】輸送密度がとくに低い線区の輸送密度(JR西日本;2020年度)
芸備線(東城〜備後落合) 9
木次線(出雲横田〜備後落合) 18
大糸線(南小谷〜糸魚川) 50
芸備線(備後落合〜備後庄原) 63
芸備線(備中神代〜東城) 80
姫新線(中国勝山〜新見) 132
因美線(東津山〜智頭) 132
福塩線(府中〜塩町) 150

大阪環状線 202,945
乗客数が最少級の路線の輸送密度(平均乗客数)は、高収益路線の代表の大阪環状線の約1000分の1(約200)にも満たない。大糸線(北線)を除いては、全て中国地方の中山間部(中国山地・吉備高原)を走る区間である。
輸送密度が国内最少の芸備線(東城〜備後落合)の営業係数は約100,000といわれる。もちろん、国内最大だ。これは、100円の営業利益を得るためにかかるコストが約10万円であることを意味する。これは、民間企業だけの努力では全く歯が立たない、いうまでもなく廃線確実のレベルである。

※輸送密度:1営業キロあたりの1日平均の旅客輸送人員(利用客数)を表す数値。
※営業係数:100円の営業利益を生み出すために必要な営業費用。100以下で黒字、小さいほど経営状況がよい。(例:阪急電鉄は約75で黒字)

大糸線の南北格差

大糸線のうち、松本から南小谷までの南線はJR東日本(東京都渋谷区)の電化区間であり、都市間移動で一般的な電車が本数多く走るほか、新宿からの豪華車両の特急「あずさ」が乗り入れる。これは、平日の通勤通学での利用が見込まれる沿線人口(とくに就学・労働層人口(10歳以上65歳未満))が比較的多いことに加え、首都圏・中京圏・関西方面から、夏季は避暑リゾート、冬季はスキー客の利用特需が見込めることもあり、上高地に代表される松本・安曇野方面の観光需要が年間を通じて非常に大きいことによっている。しかし、新潟県境が近い南小谷以北になると、ほとんど人口分布がない地域となり、北アルプスの非常に美しい景観があるにもかかわらず、観光需要も南線沿線とは比較にならないくらいに小さい。そのため、JR西日本の区間である北線は非電化であり、芸備線のような超赤字ローカル線を走る超鈍行ディーゼル車として知られるキハ120型気動車が一日に数本走る程度である。本数が非常に少ないうえ、駅がある場所にもほとんど集落がないことも多く、利用したくても利用できないというのが実情なのだという。

芸備線(東城〜備後落合)はこんな場所

平成の大合併で、現在は広島県庄原市に位置する。広島県の市とはいっても、中国山地の山深くにあり、今日では稀な電話番号の市外局番5桁+局番1桁の地域にあたり、日本で最も過疎化が深刻な地域のひとつだ。冬の冷え込みは中国地方で最も厳しく、東北地方南部にも匹敵するとされる。芸備線の南北には、アキタフーズの巨大バタリーケージ養鶏場があることでも知られる。主要産業は農業と林業だが、他の山間地域と同様に、衰退が著しい。

山陰(松江・出雲)方面と結ぶ木次線の乗り換え駅である備後落合駅は、高速道路がなかった昭和の頃は、交通の要衝として栄え、駅前には商店や民家も多かったという。しかし、現在は、その面影はまったくなく、夜にもなれば、辺りは怖いくらいに真っ暗闇に包まれるという。最近では、廃線寸前の話題性から、青春18きっぷの時期に訪れる鉄道愛好家を除いては、乗降客はほとんどいないという。

輸送密度全国最下位の芸備線(東城〜備後落合)沿線地域とアキタフーズの巨大ケージ養鶏場の位置関係

輸送密度がたった9の芸備線・備後落合駅周辺を筆頭として、輸送密度が200未満の超赤字ローカル線沿線では、同じような状況だ。いずれの地域も、過疎化の問題がさほどなかった1970年以前は栄えており、今日のような問題はなかった。沿線の過疎化の原因としては、車社会が進んだうえ、付近の高規格道路の整備がさらに追討ちをかけたといわれるが、問題はそれだけではない。第一次産業よりも都会の第二次・第三次産業のほうが収益性が高いとして、山間の農村部の居住者は、若年者を中心に、都市部への流出に歯止めがかからなかった。1970年代以降は経済至上主義の価値観が定着したことが、農村を見捨てることにつながったのだ。そのような価値観の転換を促したのは、やはり教育である。教育においても、日本の経済発展のことばかりに関心が向き、農村で暮らす価値観を育てることをおろそかにしてきた結果が、この有様だ。ローカル線の深刻な赤字は、数値化もされることから、農村の過疎問題の現状を客観的によく表す例としてよく出されるが、その過疎の問題を根本から解決しようとするなら、自然に囲まれ、金銭的価値を至上としない農村暮らしの価値観をとりもどす教育を今から取り組んでいく必要がある。そうしなければ、将来はもっと悲惨な状況が待ち受けているということは、容易に想像できるはずである。

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