以前から啓発しているとおり、「空間除菌に効果なし」は、厚生労働省・消費者庁とそれらの関連機関の統一見解であり、新型コロナウイルス対策などの衛生対策の手法としては、公式には非推奨となっています。しかし、「国や公的機関の公式見解やエビデンスがありますよ」というだけでは、(海外での競合事例で反論されるなど)科学的解釈として脆弱であり、よって、エビデンスや公式見解だけに頼らない、強固な科学的解釈の社会的共有が、社会保安・公衆衛生管理上重要な意味を持ちます。そこで、「そもそも除菌(ウイルス失活)とは何か」という化学哲学的考察を通じて、揺るぎない理解を得ることを試みてみたいと思います。(ここでは、現在「政府非推奨空間除菌」で具体的に問題となっている、化学物質(薬剤)によるものに絞って考察することにします。また、ここでいう「除菌」とは、薬機法(旧薬事法)における表現規制の対象となる「殺菌」「滅菌」「消毒」の定義にあてはまる事象も含まれるものとします。)
そもそも(化学的)除菌・ウイルス失活はどのようにして成立するのか?
化学物質(薬剤)による細菌の死滅も、ウイルス失活も、共通していえるのは、除菌もしくはウイルス失活に関しての有効成分が、細菌やウイルスの機能を司る何らかの標的物質に対して、化学的改変・酵素活性中心阻害などの化学的変化※を生じさせしめることを指します。そのためには、媒質(溶媒(液相)・分散媒(気相))に親和するかたちで含まれる有効成分が、媒質とともに、標的物質に十分に接触し、そのうえで、一定以上の強度の相互作用を惹起させることにより、(物理)化学的変化※を生じさせしめることが必要となります。その標的物質は、細菌やウイルスの構造体(例:細胞膜、エンベロープ)そのものを物理的に構成する物質であることもあれば、細菌の生命活動やウイルス活性が成立するための必須因子物質(特定の酵素など)の場合もあります。このような化学的除菌(ウイルス失活)の成立要件を満たすには、少なくとも、十分な濃度の有効成分を含有する溶液を、標的となる細菌やウイルスが付着した固体表面が十分に濡れるまで噴霧等の条件で処理することが必要ということになります。新型コロナウイルスの失活が目的の場合、このような条件を満たす例としては、
- 65容量%以上の濃度のエタノール(含水)を固体表面に直接噴霧または塗布する
- NITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)が指定する濃度以上の界面活性剤水溶液を固体表面に直接噴霧、塗布、または、洗濯・食器洗いの洗浄や拭き掃除に用いる
- 有効塩素濃度80ppm(0.008%)以上(汚れが多い場合にあっては、200ppm以上)の次亜塩素酸水溶液が20秒以上、固体表面に接触させ(まんべんなく濡らし)た後に拭き取る(参考→https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html)
- 0.05%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液で固体表面を濡らした後、水拭き(参考:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html)
などの、比較的濃密な接触条件が必要となります。もちろん、いずれも、厚生労働省や公的機関(保健衛生当局)が有効性を認める条件となっています。
※ここでいう(物理)化学的変化とは、化学反応により、物質の分子構造の変化を伴う狭義の化学変化に加えて、何らかの化学物質の作用の関与によってはじめて起こるような(その化学物質の作用がなければ起こり得なかったであろう)、分子間相互作用や近接基間効果による化学的保持力の変化や(細胞膜やエンベロープの)分子の並び方など物理的構造の変化(破壊)といった、狭義の化学変化を伴わない変化も含みます。
【注意】酸化性の塩素化合物(次亜塩素酸および次亜塩素酸ナトリウム)を使用する場合は、保健所職員や薬剤師の助言だけではなく、環境化学を専門とする化学の専門家(博士などの有資格者)の指導も受けることをおすすめします。保健所職員や薬剤師は必ずしも(環境)化学に精通しているとはかぎらないからです。(厚生労働省は、ハイターのような塩素系漂白剤も使用可能としていますが、ふなあん市民運動メディアは、ハイターのような塩素系漂白剤での代用はせず、添加物を含まない医薬品製剤(ピューラックス(第2類医薬品)等)を、代替品が使用できない状況に限って使用するようにお願いしています。ハイターなどの塩素系漂白剤には、合成界面活性剤が添加されていることが多いためです。また、必要最小限の使用にとどめるべきだというのは、次亜塩素酸ナトリウムと酸性物質との混触で猛毒の塩素ガスを発生させる不慮の事故を未然に防止する観点だけでなく、次亜塩素酸やその塩は、有機物との接触により、有害な有機塩素化合物を非意図的に生成するリスクがあるためです。
気相-固相反応が成立する例から反応可能性を考察する
塩素と赤熱銅線(純銅)との気相-固相反応を考えてみます。下の動画から、固相側の銅線が高温(1,000℃前後)かつ目視可能なほど表面積が大きいことがわかります。また、気相の塩素も、それ自体がきわめて高濃度であることを示す黄色(気体塩素そのものの色)を呈しています。これほど強い条件が、気相-固相反応では必要だということがわかる例です。(ちなみに、常温のままの銅線を高濃度の気体塩素の中に入れても、反応は起こりません。)容器の下の水が青くなっているのは、銅と気体塩素とが反応した結果生成した塩化銅(Ⅱ)が水に溶解してできた水和銅(Ⅱ)イオンによるものです。(反応直後に淡黄色の煙状になるのは、無水塩化銅(Ⅱ)が無色(白色)であり、それが、残った気体塩素の色と混ざって見えることによっています。)
Cu(solid) + Cl2(gas) → CuCl2 (when Cu surface is about 1,000℃!)
【警告】これは、博士(化学関連専門)などの有資格者(毒物劇物取扱者)にのみ許された実験です。気体塩素は猛毒、生成物の塩化銅(Ⅱ)(酸性下)は有毒(医薬用外劇物に相当)であり、素人の真似は生命の危険を伴い、法令にも抵触するおそれもありますので、絶対に行わないでください。
では、空気中に拡散された次亜塩素酸と細菌・ウイルスとの反応はどうでしょうか。次亜塩素酸(気相側;分散媒は水蒸気(湿度成因)を含有する空気)も、空間除菌の実用レベルでは塩素臭をほとんど感じない超低濃度であり、細菌やウイルス(固相側)も目視不可能であるうえ、存在するかどうかもわからないくらいの超希薄な密度となっています。そのような、超希薄対超希薄では両者の接触に関して確率論的に考えて、到底反応は起こり得ないことがわかるはずです。よって、実用レベルで考えるかぎり、空間除菌の効果は期待できないということになり、厚生労働省や消費者庁の公式見解とも矛盾しないことになります。
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